よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第2回「ヘリコプターとハリーポッター
     〜〜カタカナって難しい!」

北村浩子Hiroko Kitamura

 それにしても、外来語をカタカナ(片仮名)で書くのはなぜなんだろう?
 文部科学省のサイトに掲載されている、国語審議会の「外来語の表記」の中に「外来語を片仮名で書く習慣について」という記述がある。

〈外来語表記の歴史を見ると、この傾向(筆者注・外来語を片仮名で書く傾向)はそれほど古いものではない。欧米系の外来語が流入し始めた室町末期から江戸初期の国語の文献では、外国語や外来語の表記は、漢字であったり、平仮名であったり、時には片仮名であったりして、一定していなかった。外来語を漢字で書くことは明治以後も続き、語によっては戦後まで残った。〉

〈漢字平仮名交じり文の中には外国語・外来語を片仮名で書くことを組織的に行った例は新井白石の著述(「西洋紀聞」―一八世紀初め)に見られる。蘭学の文献ではこれを受け継ぎ、明治期の外来語急増に伴って、外来語を片仮名で書く習慣が確立した。(略)その後、大正から昭和にかけて、新しい外来語が増加し、戦後の外来語急増期に外来語の片仮名表記が決定的となった。〉

 日本語の歴史の中で、外来語をカタカナで書くようになったのはわりと最近のことなのだ。「言葉の輸入」が増えてきたということとも、大いにかかわりがある。
 テレビとかタブレットとかゲームとか、完全に日本語化している外来語は数えきれない。避けて通れない。でも、ひらがなカタカナともに46文字、計92文字という負担は、一から日本語を学ぶ留学生にとってとんでもなく大きい。しかもその後、無情なまでに漢字がどんどん増えてゆくのだ。
 覚えなければならないことがあるのは仕方ないけれど、カタカナで悩ませるのは本意ではないというか、少しばかり申し訳ないような気持ちに、教える側としてはなったりもする。とは言え、街にカタカナはあふれている。読むためには書かなくてはならない。

「タクシー。コンピューター。オーストラリア」
 書き取り練習をし、ノートを見て回る。
「タクーシ」「カプート」「アステレリヤ」
 彼らにはそう聞こえるのだ。繰り返しやるしかない。
「ジュース。パソコン。キャッシュカード」
「ヂユース」「パンコソ」「ケツェかード」   
 シとツ、ンとソの書き方の違いを毎日、うるさくならないように言う。ひらがなの「か」「り」とカタカナの「カ」「リ」を区別することも。
「アメリカ。デパート。ボールペン」
「アナリカ」「テパトー」「ポルペン」
 濁音、半濁音と清音、メとナの違いも注意ポイントだ。