よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第3回「日本人だから教えられると思ってた
     〜〜日本語教師になるまで」

北村浩子Hiroko Kitamura

「この1冊を繰り返しやったんだ」とKさんは「日本語教育能力検定試験 合格するための本」という、例題と解説の載ったムック本をくれた。
 めくってみて、20%の意味が分かった。書かれていることがまったく分からない。イマージョン、Uカーブ仮説、ナチュラルアプローチ、セリンカー、ジョハリの窓……。
 これが日本語を教えるために必要な知識なの? 日本語教師って、たとえば外国人が「明日新宿へ行きますです」と言ったら「です、は要りませんよ」と修正したり、敬語の間違いを正したり、発音を直したりする仕事なんじゃないの? そんなことならすごく得意なんだけど。
 わたしが想像していたのは、英会話教室だった。雑談をしながら、役に立つ言い回しを教えていく、というような。でも、よく考えてみれば、近いのは学校の英語の授業のほうなのだ。会話ではなく日本語という「言語」を教えるのだから、教え方を習わなければ絶対教えられないだろう。
 求人はいっぱいある、と彼女は言った。頑張って勉強すれば、もしかしたら今抱えている不安が薄らぐかもしれない。
 比較的歴史の長い、養成講座のある学校のホームページを見てみた。半年コースと1年コースがあった。1年は長い。けれど半年で420時間を履修する時間を捻出するには、仕事を減らさなければならない。
 さらに調べていたら、あることが分かった。420時間の履修は、四大卒の学歴があって初めて「資格」と認められるらしい。わたしは短大卒なので、日本語教師として採用されるには、日本語教育能力検定試験の合格が必須だった。
 20%。
 1カ月考えた。勤務日を半分にしてもらって、4月から半年コースに通うことにした。もちろんその分、ギャランティは減る。
 41歳、こんな賭けみたいなことをして、いったいどうなるのだろう。
 決心したのに他人事のように思った。

 朝5時に出勤し、正午まで仕事をし、スタジオを出てダッシュで高田馬場の学校へ向かう。午後1時半から5時過ぎまで毎日2コマ、約4時間の授業を受ける。
 理論と実習を組み合わせたカリキュラムは、1コマたりとも休めないと思うくらいびっしりぎっしり詰まっていて、スケジュール表を見ているだけで武者震いがした。文法はもとより、教授法、日本語史、社会言語学、対照言語学、教材教具論、音声表現法、コミュニケーション学、国際関係など、文化庁が制定した「日本語教員養成において必要とされる教育内容」に沿った科目が網羅され、それに実習が加わるという構成。
 始まって2日目で、背中が冷えるような、後悔に似た気持ちを覚えた。仕事との両立、収入を減らしたこと。どちらも無謀だったと思った。ただ、もうあとには引けなかった。