よみもの・連載

今日も、日本語学校で

私が日本で働く理由
 〜〜ベトナム人シェーンさんの話

北村浩子Hiroko Kitamura

 シェーンさんと初めて話したのは、去年9月に行われた「ベトナムフェスタin神奈川2018」の会場だった。
 日本とベトナムが国交を樹立して、今年(2019年)で46年。「ベトナムフェスタin神奈川」は、数年前から神奈川県国際文化観光局国際課の主催で開催されていて、横浜公園エリアにベトナム料理の屋台がずらりと並び、珍しい楽器を使ったライブやアオザイの試着体験などが楽しめる交流イベントだ。プログラムのひとつにベトナム人留学生によるスピーチコンテストがあり、シェーンさんはわたしの勤めている学校から代表として出場したのだった。
 意志の強そうな口元と優しい眼差し。凛々しさと柔和さを併せ持つシェーンさん。原稿を見てスピーチしても良かったのに、彼女は何も持たずに丁寧な言葉で観客に語りかけ、賞をもらった。担当クラスの先生たちに、良かったよ、よくやったねと口々に言われ頭を撫(な)でられ、いえいえ、と首をすくめて褒め言葉を謙虚に受け取っている彼女の笑顔の中に、安堵(あんど)の混じった達成感が見えたような気がした。
 語彙や言い回しの豊富さ、話の展開力、発音……すごいなあ、どうやって身に付けたんだろう、聞いてみたいな、でも3月で卒業してしまうんだよなあ、と思っていたら、彼女は今年の4月から学校のスタッフとなった。留学生たちの生活に必要な手続きをしたり、通訳をしたりと毎日忙しく働いている。
 愛嬌を振りまくタイプではないが、彼女がいると、場の空気がなんだか不思議にゆったりとあたたかなものになる。先生たちともよく冗談を言って笑い合っている。学生ときちんと話をしなければならないときは、毅然(きぜん)とした態度で冷静に対応している。わたしのクラスの学生が、歯が痛い、どこの歯医者へ行ったらいいか分からないと泣き顔で困っていたとき、彼女がてきぱきと対応してくれてすごく助かった。つい最近のことだ。
 そのときのお礼も兼ねて話しかけてみた。
「あの、もし時間があったら、シェーンさんのこと、聞かせてもらえませんか? どうして日本へ来たのかとか、日本のことをどう思っているかとか……」
「えっ、私が? 私でいいんですか?」
 思いがけず「嬉(うれ)しいです」と言ってもらえ、早速、ある日の授業後、初めて2人で話をした。
 日本に暮らす、26歳のひとりのベトナム人女性のプロフィールは、想像以上にたくましく、格好良かった。

 彼女の「最初の日本」は、東京や神奈川ではなく、大分県だった。
 18歳のとき、別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)に留学。キャンパスでは、お互いを愛称で呼ぶ習慣があった。彼女は好きな映画の登場人物の名前をもらうことにした。シェーン。それからずっと、彼女はシェーンで通している。
 海外で学びたい、学ぶんだろうな、と彼女は子どもの頃から思っていたという。両親が留学を勧めていたこと、船長としてたびたび外国を訪れていた父親が、ワールドワイドな視点を授けてくれたこと。日本に対する印象は『ドラえもん』や『ドラゴンボール』、『らんま1/2』や『NANA』など、兄と競うようにして読んだたくさんの漫画と、日本に数カ月滞在したことのある父が言っていた「日本人は親切な民族だ」という言葉によって培われた。留学先に日本を選んだのは、返済不要の奨学金をもらえたことに加え、文化や国民性に対するいいイメージがあったからだ。