よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第4回「私が日本で働く理由
     〜〜ベトナム人シェーンさんの話」

北村浩子Hiroko Kitamura

「父が日本で買って来た扇風機、もう15年くらい前のものなんですけど、今でもホーチミンの自宅で活躍しているんですよ」 
 あの扇風機なしではとても夏を乗り切れません、と彼女は笑う。「ベトナムの夏も日本と同じくらい暑いですけど、ベトナムって『50メートルでも歩かない国』なんです。日本人は歩く習慣があるから、夏は日本のほうがより暑さを感じるかも」
「へえー。歩かないってことは、自転車に乗るの?」
「バイクです。ベトナムはバイクがすごく多いです。道路にあふれてます。だから、初めて大分に来たときは、日本って静かだなと思いました」
 
 静かな場所にある大学で、彼女は国際経営を学んだ。言語は英語。日本語学習のクラスも取って、最初の3カ月は通常の授業に加え、毎日4時間半も日本語を勉強した。
 当時、大学には100以上の国・地域から留学生が来ていた。初めて出会う国の学生と、寮でお国自慢の料理を作って食べたり、連れ立ってあちこちに遊びに行ったり、国際色豊かなキャンパスでの日々を彼女は楽しんだ。
 日本人大学生と交流することも、もちろんあった。ワークショップで、不完全な日本語と不完全な英語でやりとりしながら、協力してミッションを遂行しようとしたこともある。でも、その企画は消化不良のまま終わってしまい、残念な気持ちが残ったという。
 日本人は、日本人同士で固まる傾向があるのかな? はっきり意見を言わないことが日本の文化なのかな? 
 悪い印象ではなく、感想としてそう思ったが、「はっきり言わない」日本人にそのことを確かめるわけにもいかない。言葉が通じるか通じないかではなく「その国の人の気質」を把握しておくことが相互理解の助けになるのかもしれない、と彼女は思った。
 日本語の勉強は行きづまっていた。初級から中級へ進んでいたが、多くの日本語学習者同様、彼女は漢字に苦しめられた。覚えても覚えても減らない。むしろ増えるように感じられる。読むのはともかく、レポートを書かなければならないときなど、苦痛が疲れを増幅してモチベーションを削(そ)いだ。やがてそれがちいさな失望に変化して……。

「日本では働けない、と大学2年の時点で思ってしまったんです。日本語をちょっと休みたくなってしまって」
「えっ、そうだったの?」
 意外だった。わたしは大学を卒業した彼女が、日本の(外資系の)会社に勤めてから日本語を学び直して、ここのスタッフになったのだと勝手に思っていた。
 忍耐強そうな彼女にも、日本語は、というか漢字は手強(てごわ)かったか……と思う。覚えていくうちに意味や読み方を推測できるようになっていくとはいえ、非漢字圏の人が感じる読み書きの負担の大きさは、日本人が想像する以上のものなのだろう。
「当時は学部の勉強もあったので、日本語に専心できなかったのもあります。それと、ベトナムの先輩に、日本の会社はあまりオープンではないし、残業が多いと聞いたことがもうひとつの理由です」
「じゃあ、就活はベトナムで?」
「はい。YouTubeで面接の練習をしたりしました」
「えっ、今ってYouTubeで面接の練習するの?」
「そうですよ先生。私は若者ですから」
「そうだよね、うん」笑ってしまう。彼女が好かれるわけが話しているうちにどんどん分かってくる。誠実で、楽し気で、ユーモアがあって、かわいらしい。