よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第4回「私が日本で働く理由
     〜〜ベトナム人シェーンさんの話」

北村浩子Hiroko Kitamura

 4年間の留学を終え、彼女はベトナムに戻り、人材紹介をする日系企業に就職した。配属されたのは、企業に人を紹介するコンサルティング業務と、営業の両方をやらなければならない部署だった。
 仕事のメイン言語は英語で、日本語を話すチャンスはほとんどなかったという。営業のプレッシャーはきつく、残業も多かった。いずこも同じなのかと思った。
 疲労とつらさばかりが溜まっていく。どうしたらいいんだろう。我慢してこのままここで働くべきなんだろうか──。
 悩んでいたとき、彼女の頭に浮かんできたのは、大学の頃の自分だった。新入生や後輩たちのサポートをしていた自分。将来について考えている同郷の若い仲間の力になりたいと思っていた自分。彼らの相談に乗っていた自分。
 その頃の自分は生き生きしていた。
 私がやるべきことは、彼らのやりがい探しや、ビジョンの明確化を手伝うことなんじゃないか。
 そして、それができるのは「学校」という場所なんじゃないか。
 そう思った彼女は、1年半勤めた会社を辞め、再び日本へ行くことを決めた。

「シェーンさん、営業の仕事してたんだね」
「はい。でも自分の性格に合っているとは思えなかったです」
「また日本へ行こうと決めて、この学校を選んだのは何か理由があったの?」
「友だちが紹介してくれました。2018年の1月に入学して、N4のクラスに入りました。大学で学んだ日本語も、だいぶ忘れていたんですよね」
 N4とは、日本語能力試験のレベルだ。能力試験はN1が一番上で、5段階に分かれている。N4は〈基本的な語彙や漢字を使って書かれた、日常生活の中でも身近な話題の文章を、読んで理解することができる〉いわゆる初級レベル。1年半前のシェーンさんはそのくらいだったのか、とちょっと驚く。
「そこからここまで上達したって、すごいね。もう何の不自由もないでしょう?」
「いえいえ、そんなことはないです。2カ月前から陶芸教室に通っているんですが、専門用語が出てきて難しいです」
「それは普通の日本人も知らないから!」
 また2人で笑う。

 校長からの誘いを受けて、彼女は卒業後、学校のスタッフになった。留学生たちの困りごとの相談に乗ったり、事務手続きや学生募集のサポートをしたり、毎日忙しいけれど、自分がしたかった仕事ができていると感じている。
 今は都内の、外国人の多いエリアにベトナム人の友人と住んでいる。リラックスできる時間は、カフェでのんびり飲み物を飲んでいるとき。好きな街は下北沢と吉祥寺。ヨーロッパの都会風だったり、日本のヴィンテージな感じの建物があったりする街並みが見ていて楽しい。日本の食べ物でよく食べるのはうどん。簡単に作れるし、洋風にも和風にもアレンジできるから。
 日本人の友人ももちろんいる。陶芸教室ではおばあさまたちと仲良くなれたし、ベトナムの実家へ遊びに来てくれる友だちもいる。