よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第4回「私が日本で働く理由
     〜〜ベトナム人シェーンさんの話」

北村浩子Hiroko Kitamura

「日本の生活は……楽しい?」
 なぜかおずおずとした聞き方になってしまう。楽しいと言ってもらいたい、という気持ちがどうしても先に立ってしまうのだ。
「はい。楽しいです。最初はいろいろ大変なこともありましたけど」
 不動産と銀行。この2つが簡単じゃないんですよ、と彼女は力を込めた。部屋を探していたときは、やっと条件の合う物件が見つかってほっとしていたら、保証会社に提出する書類の「緊急連絡先」は日本人じゃないとだめだと言われた。銀行口座を開設しようとしたら、日本に半年以上住んでいることを証明する必要があると言われた──。
 確かに、口座開設の手続きは面倒だ。学生たちが口座を作るとき、スタッフや教師が学校の近くの銀行に同行することがある。同行しても1回につき3人までしか受け付けてくれないので、学生を引率して何度も往復しなければならない。
「大学のときは、契約関係のことはすべて学校がやってくれましたけど、自力でいろいろな手続きをするのはちょっとハードですね。日本にいる同郷の先輩や仲間の力を借りることも多いです」

 わたしは最後に、一番聞きたかったことを聞いた。
 日本で暮らす外国の人に、わたしは必ずこの質問をしてしまう。
「シェーンさん、日本で嫌な思いをしたことはないですか?」
「嫌な思い?」
 うーん、ちょっと時間をください、と言い、彼女は思案する表情になった。そして「あ、電車」と少し顔をしかめたので、もしかして痴漢とか? とどきっとした。
「電車が……特に山手線は混んでいますよね。満員電車は嫌です」
「ああ、ほんとそうだよね。わたしも嫌です」
 それだけ? と尋ねると「そうですね、はい」と彼女は頷(うなず)いた。「あと、さっきお話しした、部屋を契約するときに大変だったことですかね」
 わたしには言えないこともあるのかもしれない。でも、すこしほっとした。

「先生、また何かありましたら、なんでも聞いてください。私で良ければ」
 シェーンさんは丁寧にお辞儀をして、仕事に戻っていった。受付で、ベトナム人ではない学生2人が彼女を待っている。流暢(りゅうちょう)な英語が聞こえてくる。彼女は3カ国語を操れるのだ。わたしなんかより、ずっとずっと優秀だ。
 彼女のように、日本で誰かの役に立ちたいと思っている人にとって、どうかこの国が、働きたい、住みたい、仲良くしたいと思える国でありますように。
 いつも思うことを、また強く思った。