よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第5回(最終回)「教室はスモールワールド
     〜〜今日も日本のどこかで」

北村浩子Hiroko Kitamura

 そんな(詰め込み式の)カリキュラムの中でいかに楽しくやるか、いかにルーティンに陥らず学生の集中力を継続させるかに、教師は毎回心を砕く。それはきっと、中学や高校の先生たちと変わらないだろう。違うのは、言葉が十分には伝わらないということ。それを頭に入れて喋(しゃべ)ること。
 授業の前、教師仲間とあれこれ話しながら準備をし、始まりの時間が来て教室へ入るとき、言語モードが切り替わる感じがする。それは、たとえば小学生に話すときに、すこしやさしい言葉を使おうとする感覚に似ている。でも、当然ながら学生たちは大人だ。ゆっくり、簡単な言葉で話そうとすると、子どもを相手にしているような空気感が出てしまうことがあるけれど、そうならないようコントロールするのは、日本語教師の基本的なふるまいだ。

「11か国」の中には、専門のスキルを持っている学生が何人もいる。エンジニア、イラストレーター、ヨガ講師、声楽のインストラクター、整備士。母国の高校や大学を卒業してすぐ日本へ来る学生もいれば、そのようにキャリアを積んでから来日する学生もたくさんいる。留学ではなく、家族とともに日本に住んでいる(「家族滞在」や「定住者」のビザを持っている)学生も少なくない。20人は誰一人、背景が重ならない。それもなにかすごいことのように思える。
 毎日のスケジュールはハードだけれど、ちょっと楽しみなタスクもある。スピーチだ。初級から中級にかけては「わたしの好きな主人公」「わたしの夢」というようなシンプルなテーマで作文を書く。それを暗記してひとりひとりスピーチする。絵や動画などを用意して、見せてもいい。
「わたしの町(国)」という題でスピーチをしたときは、びっくりするくらい盛り上がった。
 ロシアのちいさな村で生まれ育ち、毎日自転車で1時間かけて学校へ通っていたというTさんは、ロシアの食べ物と言うとピロシキとかボルシチが思い浮かぶけれど、自分の故郷の特産物は果物で、イチゴがものすごく甘くておいしいんです! と頬を赤くしながら話してくれた。モンゴルでホテルマンとして働いていたGさんは、草原や砂漠の多いモンゴルにも「都会の夜景」のきれいなところがあります、と映画のワンシーンのような写真を何枚もモニターに映し出し、クラスメイトから歓声が沸いた。元証券マンで、料理人としてのキャリアもある中国のCさんは地元のレストランで作っていたという料理の写真を披露し、インドのバンガロール出身のRさんは「町の自慢です」と色鮮やかな手工芸品をたくさん見せてくれた。
 皆、この機会を待っていた! というように生き生きと喋る。聞いているこちらも嬉(うれ)しくなる。言葉は伝えたいことがあってこそのものだということを、スピーチは教師にも学生にも気付かせてくれる。ナチュラルなスピードで話したいとか、一文を長くしたいとか、スピーチ授業のあとは、ちょっと学生のモチベーションが上がる。