よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第5回(最終回)「教室はスモールワールド
     〜〜今日も日本のどこかで」

北村浩子Hiroko Kitamura

 日本語学校はおそらく、想像より厳しい。
 宿題は毎日必ず、どっさり出す。テストも毎週ある。宿題の提出やテストの点数は、誰が見ても分かるように表にしておく。
 出席簿の管理ももちろん厳密だ。遅刻したら、たとえ1分でも記録する。遅刻・欠席が多かったり、テストの点が悪かったり、宿題や課題をやってこない学生は面談して注意する。日本語学校は、在校生がきちんと学校へ来てきちんと授業を受けている証拠を、いつでも国に開示できるようにしておく義務があるからだ。
 留学生のアルバイトは入管法で週28時間以内と決められているため、それを超えていないかを確認するのも日本語教師の仕事だ。野菜や肉の加工、お弁当製造などの工場で深夜から早朝まで働き、少し寝て学校へ来るという学生も少なくない。眠そうな顔で授業を受けている学生はどのクラスにもいて、彼らの現状を把握しつつ、勉強に付いていけるよう手助けしなければならない。教えるだけではない業務が、日本語教師には実はたくさんある。
 個人情報を守りつつ、そんな業務のことも、可能な範囲でたくさんの日本の人に、見て、知ってもらいたいとわたしは思っている。なぜなら、彼らは日本でわたしたちと一緒に生きるかもしれない人たちだから。彼らが受けている授業も是非見てもらいたい。なぜなら、文法ってすごく面白いから。
「日本の大学に行けるために勉強しています」はしっくりこないけど「日本の大学に行けるように勉強しています」はしっくりくる。「たられば」とひとくくりにされるけれど「映画を見たら食事しよう」とは言うのに「映画を見れば食事しよう」とは言わない。どちらも理由がある。文法という法則に照らし合わせれば、見事にすっきりと分かる。理由が分かると気持ちがいいし、嬉しい。それはさながら自分を再発見するような嬉しさだ。
 日本語をちゃんと使えているのは、なんでなんだろう──? 
 その不思議をほどいていく作業、つまり文法を知ることは楽しい。日本語を教えることについて少しでも興味を持つと、言葉を自然に身に付けているって、すごいことだと思うに違いない。

 今日も日本のどこかで、たくさんの外国の人が日本語を学んでいる。その姿を見たら学生たちをきっと応援したくなる。教室というスモールワールドで、机を並べて一緒に日本語を勉強したら、きっと大きな発見がある。
 いつか、日本語学校のオープンキャンパスが開催されるといいな。留学生と一般の人が、自然に交流できるといい。
 それが末端日本語教師のわたしの、ちいさな夢だ。