連載
捜し物屋まやま
第一回 前編 木原音瀬 Narise Konohara

「なぁなぁ祐(ゆう)さん、これってunder controlの曲だよね?」
 車の後部座席から、間山和樹(まやまかずき)が身を乗り出してくる。短い沈黙の後に、徳広祐介(とくひろゆうすけ)は大きなため息をついた。
「under controlは三年前にデビューしたtakuya、のぞみ、カオの3ピースバンド。デビュー曲の『aozora』がドラマのタイアップ曲になってヒット。去年は全国七都市のドームツアーを成功させる」
 ほわあ、と和樹が変な相槌を打つ。
「メチャ詳しいじゃん。祐さん、アイドルにしか興味ないと思ってたよ」
「……とkikipediaに書いてあった」
「何でWiki?」
 和樹が首を傾(かし)げる。ちょうど信号にかかり、車がとまった。徳広はカーオーディオに同期させたスマホを操作した。途端、癇(かん)に障る男性ボーカルから、ノリよく明るい曲調の女性ボーカルに切り替わる。
「うわっ、アネ7(セブン)の『ばら色のピアス』じゃないですか!」
 イントロだけで気づいたらしく、助手席に座っている三井走(みついかける)の声が裏返る。聞き慣れたリズムは耳に優しく馴染む。女の子ウケを狙ってunder controlをダウンロードしていたが、もう必要ない。自分はやっぱりアネ7じゃないと駄目だ。
「キャンプ場までさぁ、後どれぐらい?」
 和樹が小鼻を掻きながら聞いてくる。チラリとカーナビに視線を走らせ「一時間ぐらいかな」と教えた。
「まだけっこうかかるね〜」
 ペコンという金属音に嫌な予感がして振り返ると、和樹が缶ビールをぐびぐびと美味そうに飲んでいた。
「嘘でしょ!」
 徳広の悲鳴が車内に響く。和樹は驚いたようにビクリと震えた。
「えっ、酒は駄目なの? クーラーボックスの中のやつ、どれでも好きに飲んでいいって言ったじゃん」
 飲酒野郎が唇を尖(とが)らせ文句を言う。
「確かに言ったよ。言ったけどさぁ、酒はキャンプ場に着いてからがセオリーでしょ」
「家を出てから帰り着くまでが遠足って言うじゃん」
「意図が違うでしょ! それにこれは遠足じゃなくてキャンプ、キャンプだから!」
「あ〜和樹君。お茶あったら僕にも取ってくれるかな。喉渇いちゃって」
 緊迫した空気をものともせず、三井が後部座席を振り返る。
「はいはーい。で、祐さんは何にする?」
 飲み始めたものは仕方ない。「ウーロン茶」と仕方なく答える。よく冷えたウーロン茶をちびちび飲んでいると、バリッという音と共に、香ばしい香りがプ〜ンと漂ってきた。和樹がポテトチップスの袋をあけてバリバリと食っている。車内は既に無法地帯。バックミラー越しに、自由奔放な男と目が合った。
「えっ、菓子も食っちゃ駄目とか言う?」
 警戒している顔だ。徳広は「……俺にももらえる?」と肩の力を落とした。途端、和樹はニコニコしながら「祐さん、こういうジャンクな菓子大好きだよね〜」とポテトチップスを摘(つま)んで後ろから差し出してきた。ヤケクソ気味に噛(か)みつくと「犬みてぇ」と笑われて、気分がめりめりと沈んでいく。
 本当はこの「ポテチあーん」をしてくれるのが、かわいい女の子だったのかもしれないと妄想すると、絶望で軽く百回は死ねる。



 
〈プロフィール〉
木原音瀬(このはら・なりせ)
高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。
〈登場人物〉
間山和樹
(まやま・かずき)

「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。
間山白雄
(まやま・しお)

捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?
徳広祐介
(とくひろ・ゆうすけ)

捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。
三井走
(みつい・かける)

元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。
Back number
第一回 前編