よみもの・連載

捜し物屋まやま

第一回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 午前八時三十五分……今から約三時間ほど前、徳広は弟から借りたジープにテントやテーブル、バーベキューグリル、クーラーボックスなど山ほど詰め込み、待ち合わせ場所になっている駅の駐車場にいた。集合は午前九時だったが、女の子を待たせてはいけないと約束の時間よりも三十分早くやってきた。
 キャンプの参加メンバーを待っている間に車の座席下から「HOW TO キャンプ」という本を取り出し、数日前から付箋(ふせん)を貼ってあった要点を再度チェックする。
 実はこれまでキャンプの経験がない。小学五年生の時に、野外で飯ごう炊飯を経験したのが最初で最後だ。
 しかし初心者だからといって、失敗するわけにはいかない。準備と知識は万全にしておきたい。わからないことはその場でスマホを見てもいいが、マニュアルなしにテキパキとテントを張る、火をおこすという手際のよさ、頼れる男の雰囲気に、女の子はときめくとネットで見た。是非ともそのときめきポイントが欲しい。好印象を持たれたい。そのための些細(ささい)な努力は惜しまない。
 ……しかし約束の九時を過ぎても、追っかけ仲間の石橋はおろか、女の子二人も現れなかった。
 不安に駆られ、石橋に何度かラインを入れたが、既読もつかず、焦りばかりが募っていく。もとはといえば、このキャンプを企画したのは石橋。徳広は今日来る女の子たちの顔も知らない。
 石橋は都内の工務店に勤める三十二歳。奴とはアイドルグループ、アネモネ7のライブで知り合った。その石橋から先月「徳広さん、女の子とキャンプに行かない?」と誘われた。
 石橋はアネモネ7の白波(しらなみ)ゆかり、ゆかりんのファンだ。全財産をつぎ込む勢いで強烈に推していて、一般女性に興味はないと思っていたので驚いた。よくよく聞けば、去年から密かに婚活をしていたらしい。そこで知り合った女性とキャンプに行こうという話になり、女性が友達を誘うというので、石橋も徳広に声をかけてきたというわけだ。
 他にもアイドルオタク仲間はいるのに、なぜ自分だったのかと聞くと「仕事と身元がしっかりしてるから」と言われた。以前、アネ7のドルオタ仲間が交通事故にあい、示談交渉を引き受けたことで、石橋は徳広が弁護士だと知っていた。
 徳広は大学を卒業した年に司法試験に合格した。浪人する同輩が大半の中、順調に資格を取得したといえる。しかしこの試験に合格するために、大学の四年間を捧げたと言っても過言ではない。司法浪人をするほど家に余裕はなかったので必死だった。
 彼女を作る暇なんてなかったし、それ以前にモテなかった。勉強のストレスであろう過食が止まらず「お前の知識は脂肪に蓄積されるのか」と友人に揶揄(やゆ)されるほど太っていた。陰で養豚ならぬ法豚と呼ばれていたのも知っている。
 働きはじめると多少ウエイトは落ちたものの、ぽっちゃり体型は変わらなかった。最初は新進気鋭の法律事務所に所属していたが、一年も経たぬうちに所長が事故死して事務所は閉鎖。同僚は霧散し、知り合いの知り合いのツテで徳広は小さな法律事務所に入った。
 そこで恋愛の楽しさを知る前に、男女の泥沼を目の当たりにした。所長の得意分野が離婚訴訟なので、離婚相談が異常に多い。浮気、DV、別居、養育費の無限ループ。それに加えて、遺産相続、隠し子、愛人……人間の愛憎のなれの果てを延々と見せつけられ人間不信になりかけた。
 ストレスフルな職場で、唯一の癒しがアイドルグループ『アネモネ7』のミイミイだ。出会いは八年前、依頼者との打ち合わせの帰り。アネモネ7はまだインディーズで、駅前で路上ライブをやっていた。
 メンバーは七人。当時はみんな中学生で、踊りや歌も上手くなかった。ライブは少しも盛り上がっておらず、観客も少ない。かわいそうになり足を止め、彼女らをぼんやり見ているうちに、メンバーの右端にいた女の子と目が合った。その子は向日葵(ひまわり)の花のような、とびきりの笑顔を自分に向けてくれた。その瞬間、心臓を打ち抜かれた。頭の中でファンファーレが鳴り響く。この子、かわいい。滅茶苦茶かわいい。心を奪われたその時から、徳広はミイミイのしもべになった。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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