よみもの・連載

捜し物屋まやま

第一回 前編

木原音瀬Narise Konohara

「じゃあさ、川の方に行ってみようよ」
 和樹が実現可能な方向で提案してくる。川……川で去年、事故が……と胸を過(よ)ぎるも、ここは他にも火事や一酸化炭素中毒をおこして人が亡くなった場所があるのだ。気にしていたら、どこも歩けなくなる。今更ながら、このキャンプ場が空いていた意味を噛みしめる。
 貴重品は鍵をかけた車の中に、スマホだけ徳広のサコッシュに三人分入れ、テントを離れて道に出た。管理人小屋で受付をした時にもらった地図を見ると、今いる場所から少し下ったら川に出るようだ。
 三人が横並びになって、ダラダラと道を下る。途中、林の中の平地に、小さなテントが一つ張られているのを発見した。傍(そば)には軽自動車がとまっている。
 喧騒から離れて静かにキャンプをしたいという人かもしれないが、孤立感が否めない。テントも小さいし、タープも張ってない。男一人とかそんな感じかなと思っていると、テントの中から人が出てきた。道の駅で会った女の子だ。後ろから続けてイケメンの男が出てくる。
 その瞬間、二人がなぜ人気のない場所にテントを張ったのか理解してしまった。お前ら、イチャつくなら家でやれ、家で。というかいっそ、別れちまえ!と思ったが、すぐさまその僻(ひが)み思考を引っ込めた。赤の他人に、当たり屋的に抱く劣等感は、とてつもなく虚しい。
 男女の二人組は、こちらに気づくと会釈してきた。その顔が優越感に浸って見えるのは気のせいだろうか。気のせいに違いない。
 二人から離れてから「さっきのテントの人たち、道の駅にもいましたよね」と三井に聞かれたが「そうだったかな」と誤魔化した。
 川のせせらぎが聞こえてくると、視界がパッと開けた。川が見える。けっこうでかそうだ。歩道から川原へ続く道は、なだらかな坂になっている。和樹は「おーっ」と声をあげ、坂を一気に駆け下りていった。まるで小学生みたいだなと思っていると、三井も「わーっ」と駆け下りていった。待て、この流れに乗れない自分の方がおかしいのか? 戸惑いつつ、徳広も「うおっー」と、どこに向けてかわからない雄叫びをあげながら駆け下りた。
 川原は手前こそ砂利だったが、水際は拳から卵大の丸石になっていて、右手には岩がせり出している部分があった。川幅は二十メートル程で、対岸は切り立った岩壁で川原はなく、岩の隙間から斜めに生えた雑木が大きくたわみ、枝の先が水面に垂れていた。
 水は透明で、川底が見える。サンダルのまま川の中に入ると、ひんやりと冷たかった。確かにこれじゃ泳ぐのは無理だ。サワサワと柔らかい風が吹き、水面がさざめく。生まれたてのようなよどみない新鮮な空気。きっとここはマイナスイオンが絶えず生産されているに違いない。
 他に人もおらず、とても静かだ。せせらぎしか聞こえない。
「へえ、ここって蛍がいるんだ〜」
 和樹が見ている、川岸に立てられた看板には【蛍の捕獲禁止】と書かれてある。
「夜、また来てみようよ」
 和樹の提案に、三井がサッと青ざめる。そう、この美しい川は事故現場。しかも別世界の方が出るという噂もある。あの話を聞いても気にしないノーダメージなメンタルが凄いなと思いつつ、徳広は近場にあった石に腰掛けた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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