よみもの・連載

捜し物屋まやま

第一回 前編

木原音瀬Narise Konohara

「……俺、先にテント戻ってもいいですか?」
 想像で耐えられなくなったのだろう、三井が白旗をあげた。恐い癖に、確かめないといられない性分とか、どうしようもない。
「暗くなる前に、夕飯の支度をしちゃおうか」
 もっともらしい理由をひねり出すと、三井は「そうですよね!」と大きく頷いた。
「さっさと夕飯を食べて、早めに寝ちゃいま……ひいっ」
 三井が握りしめた両手を口にあて、小さな悲鳴をあげた。
「なっ、何なのっ……」
 三井は震えながら徳広の背後を指さした。振り返ると、さっき三井が「落ちた」と言っていた岩場に、人影が見える。事故現場、幽霊、噂……スリーカードが揃った。
「うわああっ」
 勢いよく後ずさると同時に、足が石に引っかかった。転ぶ、そう思った瞬間、肩をガシリと掴まれた。
「ぎゃああっ」
 その手から逃れるため、前のめりに飛び出す。そのままバランスを崩して膝からよろよろと崩れ落ちた。
「三井っちも祐さんもさぁ、どーしたの?」
 暢気(のんき)な和樹の声におそるおそる振り返る。そこにはジーンズにTシャツ姿のイケメンが、胸の前で広げた指をワシワシと動かしている。
「しっ、白雄くん?」
 和樹の義弟、間山白雄がコクリと頷く。転びかけた自分を白雄が助けてくれようとしたらしい。その後ろから、和樹もひょいと顔を出す。
 白雄はいつの間に来たのだろう。仕事が終わってからということだったので、もっと遅くなってからの合流だと思っていた。
「お前、早かったなぁ」
 和樹の言葉に、白雄の唇がパクパクと動く。
「具合が悪いって言って早退したって、お前それズルじゃん!」
 白雄は悪びれた風もなくニコリと微笑み、また口をパクパク動かした。
「店も暇だったって、そういう問題かよ! ってこっちに来ちまってから言ってもしょうがないけどさぁ」
 自分の肩を掴んだのが現実世界の人間で安堵したが、岩場の向こうの人影は相変わらずだ……が、増えてる?
 よくよく見ると、岩場の影は子供にしては大きい。大人だ。どうやらあっちも実在案件で、自分たちと同じ、キャンプ客が川に遊びに来たんだろう。
「僕が大声で騒いじゃったから……すみません」
 三井が謝ってくる。恐怖は解消されたが……岩場の人が実在なら、それはそれで気になる。夏ではないし、飛び込むことはまずないだろうが、万が一転げ落ちたら危ない。子供だったが、不幸な前例もある。注意をした方がいいんだろうか。それとも余計なお世話だろうか。一分ほど悶々と考えた末に「何か」あった時の、自分の罪悪感の逃げ場として注意しようと決め、徳広は「ちょっとあっちに行ってくる」と言い残し、実在案件に向かって近づいた。
 川岸は足許が小石で歩きづらい。岩との距離が近づくにつれ、相手がはっきりと見えてきた。よりにもよって、道の駅の薪&ラブテントの二人だ。
 近づいてくる自分に、まず女の子の方が気づいた。そして男もこちらを見ている。あぁ、二人の世界を邪魔する間男感が凄まじくて、今すぐ回れ右したい。
「こんにちは〜」
 警戒心を抱かせないよう満面の笑みで話しかけるが、男は怪訝な表情で「何ですか」と岩の上から見下ろしてくる。気まずさで心臓が痛む。
「あのですね、私は……」
 いつもの調子で所属事務所と名前を名乗りかけ、口を噤(つぐ)んだ。ここで仕事は関係ないし、たかが注意一つに自分の素性を明かすこともない。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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