よみもの・連載

捜し物屋まやま

第一回 後編

木原音瀬Narise Konohara

「和樹君にさ、三井さんはもうテントで休んでもらってよって送ってもらえる?」
 白雄が超高速で入力する。既読がついて少し間をおいてから『三井っち、一緒に来るって』と返ってきた。
『一人でテントにいるのはオバケが恐いから嫌だって』
 そっち、そっちか……。文面を見て徳広はガックリとうなだれた。ただ気持ちはわからないでもない。白雄と二人、岩場に座り込んでいると、パチャリと水音がした。息を呑む。恐い、恐いと思っているのに、視線をそちらに向けてしまう。自分がいる場所から十メートルほど下流に、黒い影がある。細く長い足、四つ足の獣。あのシルエットは……鹿だ。
 鹿は二頭いて、親子なのか片方は小さかった。二頭は顔を下に向けて水を飲んでいる。動物園や奈良公園でもないのに、こんな間近で野生の鹿を見たのは初めてだ。鹿がぐいんと頭をあげる。月明かりに鹿、草むらの陰にふわっ、ふわっと光る蛍。美しく幻想的だ。
 鹿はグッと首を伸ばすと、タッと下流に駆け出した。川に降りてくる道から、チラチラと明かりが見える。和樹と三井が戻ってきたのかと思ったが、それにしては早すぎる。
 さっき、白雄のスマホで見た時は、午後十時過ぎだった。キャンプ場の夜は早い。十時ぐらいには就寝が暗黙の了解だと、「HOW TO キャンプ」には書いてあったが、自分たちのように蛍を見に来たキャンパーだろうか。
 光はチラチラと左右によく揺れた。位置が高いのでヘッドライトか? それにしても、月明かりに浮かぶシルエットは奇妙だ。そう背は高くないのに、やたらと横幅があって、歩き方もゆっくりしている。まるで怪物だ。
 近づいてくるにつれ、それの全貌がはっきりとした。性別もわからないし顔も見えないが、どうやら人が人を背負っている。シルエットが奇妙だったのはそのせいだ。背負った人の後ろには、小さな影が二つ、くっついてきている。家族連れだ。
 子供に蛍を見せたくて、連れてきたのだろう。平地から川までけっこう距離があるから、途中で歩き疲れた子をお父さんが背負って、元気な子は歩いて……それなら納得だ。
 父親は川岸にやってくると、立ち止まった。徳広から親子の距離は、二十メートルほどだろうか。背中に背負っている子、けっこうでかいなと思っていると、父親はざぶりと水の中に入った。ざぶざぶと躊躇(ためら)いなく入っていく。二人の小さな子供は川岸に立ったまま。
 なんか変だ。おかしいなと思っていると、膝丈まで水に入った父親が周囲を見渡した。ヘッドライトが、まるでサーチライトのように周囲を照らす。光は徳広と白雄の斜め上を掠(かす)めていった。ぐるりと周囲を一周し、ヘッドライトは消えた。いや、父親が消した。辺りが暗くなっても、月明かりはあるし、暗闇に目が慣れているので人の姿は見える。
 蛍を見るために明かりを消した? それはいいとして、川の中にまで入らなくてもよくないか?
「白雄君、あそこの親子っぽい人たち、何かちょっと変じゃない?」
 小声で話しかけると、白雄は両手の人差し指で、口の前で×を作った。それは喋るなってことか? 首を傾げているうちに、バシャンと大きな水音がした。背負われていた子供が水に落ちた。父親は前屈みになり、水に落ちた子供が浮きあがってこないよう、押さえつけて……。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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