よみもの・連載

捜し物屋まやま

第一回 後編

木原音瀬Narise Konohara

 何かを考える前に、岩場から飛び出していた。叫びたいのに、声が出ない。丸石を踏みつける音で人の気配に気づいたのだろう、父親がこちらを振り向いた。そしてバシャバシャと水音をたてて川から上がると、一目散に坂を駆け上っていった。
 徳広は川の中に入り、子供が沈められた辺りを探した。沈んでいる人がいる。子供じゃない、大人だ。抱え上げ、川岸まで運ぶ。仰向けに横たえると、頭が力なくごろんと横に向いた。
「うっ、嘘だろ……」
 陽奈さんだ。顔は白く、ぐったりとして指一つ動かさない。逃げていった男はもしかして彼氏か?
「ちょっとねえ、大丈夫なの」
 強く揺さぶると、彼女の顔が大きく歪んだ。何度かグッグッと胸が動き、嘔吐の気配を感じたので体を横向きにすると、ゲボッと盛大に吐いた。吐瀉物の酸っぱさと、アルコール臭。……思わずもらいゲロしそうになる。
 救急車を呼ぶ? それとも様子を見ていいのか? 家族にも連絡しないと……ここの管理人にも一言……何を先にすればいいのか判断できず、頭の中がぐるぐる回る。白雄に相談しようと周囲を見渡すも、姿が見えない。もしかして男の方を追いかけていったのか?
 助けを呼びたいのに、こんな時に限って自分のスマホは充電切れとヘタれている。和樹と三井はそのうち戻ってくるだろうが、待っていたら遅くなる。どちらにしろ彼女をここに置いておけない。ずぶ濡れだし、着替えて休める場所に早く運んで行って、必要なら医者に診せて……。
「陽奈さん、わかる? わかったら返事をして」
 時折唸(うな)るものの、彼女は朦朧(もうろう)としているのか返事をしない。徳広は力の抜けた体を横抱きにした。力が抜けている人間の体重がずしりと腰にくる。
「ぐおおおっ」
 歯を食いしばり、濡れた体を抱いて河原から道へ戻る。呪わしい上り坂をゆっくり、一歩一歩確実に上る。暗い木立に入りかけた時、キキーッという甲高い音が聞こえた。
 足が止まる。車のブレーキ音か? 道の先は大きくカーブして、何も見えない。不穏な気配を感じたものの、他に道を知らないのでここを行くしかなく、彼女を抱いたまま再び歩きだした。そうして数歩もゆかぬうちに、ザッザッと土を蹴る音が聞こえた。向かいから黒い影が近づいてくる。人だ。
 もしかして彼氏では……と思ってしまった。それはもの凄い勢いで近づいてくる。彼女にまた何かするんじゃないだろうか。まずい。
 徳広は彼女を抱いたまま、鬱蒼(うっそう)とした脇の茂みに入った。が、暗くて下がよく見えず、何かに足を引っかけ、バランスを崩して背後にあった細木に勢いよく寄りかかった。幹が大きく揺れる。その瞬間、真横から何かが道へと飛び出した。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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