よみもの・連載

捜し物屋まやま

第一回 後編

木原音瀬Narise Konohara

 鹿だ。それが鹿だと認識すると同時に、ドンッと音がした。目の前の道で、人と鹿がぶつかった。人と動物は縺(もつ)れ合って地面に倒れる。鹿はすぐさま起きあがって走り去ったが、人はうずくまったまま。動かない。徳広は彼女を横たえて、そろそろと茂みから出た。倒れていたのは、やっぱり陽奈さんの彼氏だ。
 男は目を閉じたまま、胸もとを押さえて「痛ってえ」と呻(うめ)いた。一度は逃げていったはずなのに、どうしてまたこっちに戻ってきたんだろう。それにしても鹿アタックが直撃するとは、運の悪い男だ。まあ鹿は茂みに入った自分に驚いて外へ飛び出したのかもしれないが。よくよく考えたら、自分たちは鹿に助けられたのか?……昼間の美味しかった鹿肉ハンバーグが、今更ながら申し訳ない。
 大した怪我でなければ、こいつはまた起きあがる。その前に縛っておくべきだろう。けど自分は何も持ってない。……また足音が聞こえた。背が高いシルエット……白雄だ。心底ホッとした。敵はダメージを受けている。顔に似合わず格闘系の白雄がいたらどうにかなる。
 白雄は駆け寄ってくると、彼氏の顔を覗き込んだ。相手が誰なのか確認してから、横たわる男の脇腹をドカッと蹴り上げた。彼氏は「痛っ」と叫び、ゴロッと横に一回転する。
「ちょっ、ちょっと待って!」
 思わず声をあげる。白雄の動きがぴたりととまり、そしてゆっくりとこちらを向いた。
「けっ、蹴るのはちょっと……やめた方が……」
 白雄はひょいと肩を竦める。蹴るのはやめたが、そのかわりに男の顔をサンダルで踏みつけ、グリグリと地面に押しつける。彼氏が「うごっ」と呻いた。
「ほっ、ほどほどにしようよ。けっ、警察。ひとまず警察を呼ぼう」
 道の向こうがチラリと光った。明かりが近づいてくる。和樹だ。
「おっ、おーい! おーい。こっち! 早く!」
 声をあげると、光は大きく揺れながら近づいてきた。和樹は倒れた彼氏を見て「捕まえたんだ、よかったわ」とホッとした顔で胸を撫で下ろした。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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