よみもの・連載

捜し物屋まやま

第一回 後編

木原音瀬Narise Konohara

 彼氏のやってきたことの一部始終を見ている自分たちは彼氏の言葉に整合性がないとわかるが、彼女と警察はそうじゃない。彼女に至っては、泥酔していたせいで川に行ったことも、沈められたことも覚えていないという有り様だ。案の定、彼氏の「レイプ」発言に、陽奈さんの顔から血の気が引いた。
「そもそもいい年をした男四人でキャンプなんて、怪しすぎる」
 彼氏は全く関係のない部分を突いてくる。そしてこちらが何を言っても「嘘」で切り返す。開き直りも甚(はなは)だしい。仕事でも、夫の浮気が原因で離婚する場合、夫がこの手の不自然な嘘を次々と繰り出して、最後に辻褄が合わなくなって破綻するというパターンを数限りなく見てきた。
 年配の警察官が、陽奈さんに「何か覚えてないですか?」と優しく問いかけるも、青ざめた顔で首を横に振るだけ。殺されそうになった、レイプされそうになったとか、彼女にとっては胸くそ悪い話のオンパレードだ。
「陽奈、お前は彼氏の俺と、見ず知らずの男四人のどちらを信じるんだ」
 彼氏の声は淡々としている。もし自分が事情を知らなければ、その態度は真実に裏打ちされた落ち着きと見えるかもしれない。彼女はうろうろと視線をさまよわせ、小さな声で「悟(さとる)くん」と答えた。初めて彼氏の名前を知った。返事を受けて、彼氏が勝ち誇ったかの如く顎(あご)を突き出した。
「彼女は俺が正しいと言ってます。問題があるのは、明らかにそちらの四人でしょう」
 二人の警察官は、コソコソと何か話し合っている。そして今度は若い警察官が、陽奈さんに聞いた。
「被害届、出されますか?」
 彼女は首を横に振った。徳広は心の中で舌打ちする。駄目だ。それじゃ駄目だ。このまま何もしなかったら、次は確実に陽奈さんが殺されてしまう。若い警察官は「出さないということですね。わかりました」と確認するように反芻(はんすう)し、こちらを向いた。
「被害届が出ないということであれば、この件に関して私たちが介入する必要はなくなります。それで、車の破損についてですが……」
「けど俺は、俺と白雄君は確かに、彼の凶行を見たんですよ!」
 納得できず、徳広の声は大きくなった。
「しかし証拠もなく、被害者が存在しません」
 若い警察官はキッパリと断言する。警察は決めたのだ。殺人未遂については取り扱わないと。もし自分が逆の立場だとしたら、その判断も無理はないと思う。もう警察は味方ではない。何もしないと決めた目が、自分たちに「引き下がれ」と言っている。
 張り詰めた沈黙の空間に「ミイミイ」という電子音が響く。途端、若い警察官の目がカッと大きく見開かれた。
「あ、すみません」
 三井があたふたしながらスマホを取りだす。徳広もそうだが、三井もミイミイの声をメールの着信音にしている。若い警察官は、三井をじっと見つめる。それは沈黙を邪魔した音声への……不快感ではない。もしかして若い警察官は、知っているんじゃないだろうか。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

Back number