よみもの・連載

捜し物屋まやま

第二回 前編

木原音瀬Narise Konohara

「私が盗んだって、ママと学校に言う?」
 泣きながらしゃくり上げる吉田の髪を「言わないわよ。返してもらったもの」とおばさんは優しく撫(な)でた。
「けど、けど返してもコンビニのおじさんはママと学校に話したよ。ママにぶたれて、悪い子に食べさせるものはないって、晩ご飯がなくなったよ……」
 おばさんは転んで血が出ていた吉田の膝を洗って絆創膏を貼った。そして「ここで待っていてね」と社務所を出て行き、剥(む)いた柿を皿に山盛りにして戻ってきて「どうぞ」と座卓の上に置いた。
 正直、柿は好きじゃない。出されたから仕方なく一つだけ食べた。残りは全部、吉田の腹の中に入った。おみやげにもたくさん柿をもたされた。おばさんは「柿が食べたくなったらいつでもいいからここに来て、私に『柿をちょうだい』って声をかけてね」と微笑んだ。
 吉田と並んで参道を歩いた。一メートルは離れているのに、変な臭いがする。
 鳥居を抜けたところで「やる」と自分がもらった柿を吉田に差し出した。すると「いいの? 本当にいいの? いいの?」と三回聞かれた。
「柿、好きじゃないし」
 柿の袋をギュッと抱きかかえた吉田は「おいしいよ」と学校では見たことがないほど嬉しそうな笑顔を見せた。
「お腹が空いて寒いと、眠れないよね」
 晩ご飯がないと言っていたけど、今もないんだろうか。そんなわけない。きっとその日だけだ。晩ご飯を食べないと多分、人間は死ぬ。自分は眠れないほどお腹が空いたことはない。知らないから、そうともそうじゃないとも返事ができなかった。
『その子、死んだよね。母親と一緒に車で海に飛び込んで』
 白雄の唇が動く。翌年の春休み、吉田の母親は子どもと一緒に無理心中を図った。母親は助かったが、助手席に乗っていたはずの吉田は今も見つかっていない。
『その子がどうかした?』
 言おうか言うまいか、少し迷った。
「雑誌の担当……って、新しい方じゃなくて前の人、吉田に顔が似てたんだ」
 向かいにある顔がうっすら笑いながら『不幸な顔だ』と唇を動かした。途端、喋ったことを後悔する。こいつがどういう人間か知っていて、それなのに話した自分が悪い。白雄は人の気持ちがわからない。共感できない。いい、悪い以前に、わからないものはもうどうしようもない。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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