よみもの・連載

捜し物屋まやま

第二回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 電話での第一声こそ穏やかだったが、相手が河原だと確認すると、がらりと口調が変わった。
『仕事を受けてやったのに、恩知らず』
『お前の醜い顔こそ、精神的苦痛だ。慰謝料をよこせ』
『賞の発表前にスキャンダルを起こして、俺を破滅させようとしているんだろう、糞(くそ)が』
『後輩を使って慰謝料を請求して、分け前にあずかろうとしてるんだろう。人間のクズ。ウジ虫が』
『おまえなんか、地獄へ落ちろ』
 矢継ぎ早に繰り出される暴言に、電話越しでも河原は震えた。
『今すぐ糞巨乳に訴訟をやめさせろ。でないと後悔するぞ』
『訴訟をやめさせると言え!』
 河原は震える手で通話を切り、即座に着信拒否にした。しばらく呆然(ぼうぜん)とし、全身の震えが止まらなかった。時間が経つと頭が冷静になってきて、セクハラにあった際、榊も同じような勢いで暴言を吐かれたのかもしれないと思うと、涙が出てきた。
 そしてこれほど青谷がヒステリックになるのは、川澄大賞を意識しているからだろうと感じた。川澄大賞は権威があり、受賞作品は知名度が上がり、テレビでも大々的に報道される。作家であれば、その賞は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
 発表は三週間後。それ以前にセクハラの件が公になったら、選考に多少なりとも影響があると考えたに違いなかった。青谷はこれまで三度、ノミネートされたがどれも落選している。昔から川澄大賞が欲しいと公言していたし、これまでのノミネートと違って今回は大本命だった。
 文学賞と告発の時期が重なるのは、わざとではない。こうなるのは全て、青谷が今まで「してきたこと」が原因。自分が榊を扇動しているというのも言いがかりだった。
 青谷や、知らない番号からの電話は着信拒否する設定にした。それから二日後、アパートの郵便受けに直接投函されたと思われる手紙が入っていた。
「豚に正義の鉄槌がくだる」
 恐くなり、河原はその日から会社に泊まり込んだ。引き継ぎが忙しいと言うと、同僚に変に思われることもなかった。化粧品も着替えもなかったので、友達夫婦に事情を話して鍵を預け、部屋から取ってきてもらった。
 守衛がいてセキュリティのしっかりした会社にいるのが一番安心できた。友達の家にかくまってもらうことも考えたが、その人たちにまで迷惑をかけたくなかった。手紙がきてから家には一度も帰らず、業者に丸投げして引っ越すことを考えていた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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