よみもの・連載

捜し物屋まやま

第二回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 青谷は執筆歴が長く、メジャーどころの出版社ではたいてい本が出てベストセラーになっている。川澄大賞を受賞すれば既刊も動く。この時期にセクハラネタを売り込むと、下手したらそこの出版社は版権を引き上げられて大損するので、どこも取り合ってくれない可能性があるんじゃないか、ということだった。かといって小さな出版社のゴシップ誌だと、インパクトもない上に、その信憑性(しんぴょうせい)も疑われてしまうかもしれない、と。
 法律、警察のプロが入った面々で考えても、なかなかいい案は出てこない。
「和樹君の元担当さんもさ、仕事を辞めて訴訟をする後輩を支えるなんて勇気があるよねぇ」
 徳広が呟く。最初、和樹も思った。自分がセクハラ男のもとに原稿を取りに行かせた負い目があるとはいえ、大好きな仕事まで辞めることはないんじゃないかと。だから「青谷の担当は降りるとしても、河原さんは編集を続けて陰で後輩をサポートするって形もあったんじゃないすか」と言ってみた。
 河原は「私」と両手を口元にあてた。
「榊が恐かったっていうの、すごくよくわかるんです。私も高校生の時、バイト先のファミレスの店長にずっとセクハラされていました。最初はちょっとエッチなこと言われるぐらいで、それぐらいならって我慢してたらある日、倉庫に連れ込まれたんです。抱き締められて、体を触られて、凄く恐かった。大声をあげたら、同じバイトの男の子が気づいて助けてくれたんですけど、店長は『こいつから誘ってきた』『こんなブス、お願いされても相手にしない』って酷いこと言ってきて……恐くて、悔しくて、次の日、バイトは辞めました。人に話したら、ちょっと触られたぐらいでって言う人もいるけど、そうじゃないんです。自分に危害を加えようとする男と二人きりっていうあの恐怖、あれは体験した人にしかわからないと思います」
 その話を聞いてしまうと、本当に仕事を辞めていいのかなんて二度と言えなくなった。
「俺にできることって、何かないのかなって思うんだけど……」
 和樹の呟きは、しとしと降る雨の暗闇に吸い込まれていく。
「青谷が自白すればいいんじゃ……」
 三井の言葉に、その場の全員が振り向いた。
「自白だけでは罪に問えませんし、大抵の被疑者はすすんで自白などしませんね。罪を逃れたいという心理が働くので」
 ポリさんが冷静にダメ押ししてくる。
 結局、何も解決策は浮かばなかったが、話をしたことで和樹の気持ちは楽になった。相談をもちかけたことで、少しは彼女のために何かやったと感じたいという自己満足かもしれないけれども。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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