よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 熱が下がり、だるさは幾分ましになってきている。けれど関節にはまだ、熱の残骸のような鬱陶(うっとう)しさがまとわりついていた。
 間山白雄(まやましお)は洗面台のふちに手をかけ、俯(うつむ)いたまま歯を磨いた。今日も仕事を休むと決める。このところ急に涼しくなってきてはいたが、体調を崩すような無茶なことはしていない。十分に寝てしっかり食べていた。普通に暮らしていて具合が悪くなっても、それは自分の責任じゃない。一人が抜けたぐらいで回らなくなる職場は、もとから労働環境がまともじゃないということだ。
 マッサージの仕事は疲れるし面倒くさい。できることなら、何もせずに暮らしていきたい。虐(いじ)めにあったとか、残業が多くて疲れるとか、適当に理由をつけて仕事を辞めても、自分は「かわいそうな養子」だから、養父母は何一つ文句は言わないだろう。ただ性格上、それをしたら二度と働かなくなるのがわかっている。
 自分が無職になると、和樹(かずき)に次いで「できそこないの息子」になるので、その烙印(らくいん)を押されるのは避けたい。こういうことはバランスが必要だ。義理の息子と養子の二人がそろって自立していないとなると、養父母は気にしなくても、親戚たちがうるさくなる。平和に暮らしていくためには、どちらかが「まともな職」についておく方が有利だ。
「あっ」
 背後から、和樹の声が聞こえた。
「お前、首の後ろんとこが赤くなってるぞ」
 左手で首筋をさする。何気なく頭をあげ、鏡に映った自分の顔を見てあれっ?と思う。額や頬に、ぽつり、ぽつり、と赤い斑点がランダムに浮き上がっていた。赤くなってるのは首だけじゃないのか?
「何だ、顔にも出てんじゃん」
 斑点が散らばる白雄の顔を、和樹が鏡越しに覗(のぞ)き込む。
「それってさぁ、はしかじゃねぇの? 風邪もひいたことない奴なのに、珍しく熱出してんな〜と思ったら、はしかだったのか。納得したわ」
 ……三日ほど前から、何となく体がだるかった。まだ九月でインフルエンザの来襲には早すぎるし、単に疲れが溜まっているだけだろうと判断して仕事に出ていたが、昨日は朝の時点で熱が38℃を超えた。職場にはメールで事情を伝え、風邪薬を飲んで早々にベッドの住人になった。
「お前、はしかだって職場にちゃんと申告しとけよ。バイオテロになってんぞ」
 暢気(のんき)な口調に、微妙に神経を逆なでされる。口をゆすぎ、忠告を無視して部屋に戻る。スマホで「はしか」を検索すると、潜伏期間が約十日、発疹が出てから治るまでに一週間ほどと書かれてあった。この状態があと数日続くと思っただけで目の前がまっ暗になる。自分で制御できない不快感は猛烈に苛々(いらいら)する。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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