よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 最初に見えるのは海だ。曇った空を映した灰色が、水平線まで延々と続く……暗く、陰気な海。海面にはいつもさざ波がたち、潮と腐った魚の匂いが漂っていた。
 海から歩いてすぐ傍の漁師町に、祖母と母親が暮らしていた家はあった。外壁の木材のペンキは剥がれて反り返り、床は歩くたびにミシミシと大きくきしむ。小さくて粗末な家には、頻繁に人が訪ねてきていた。
 人がやってくると、祖母は白装束に着換え、経を唱え始める。しばらくすると祖母は脱力し、俯いたまま喋り始める。いつもの祖母の口調ではなく、まるで他人。その声色も、口調も。
 祖母がやっていたのが、自分の体を依(よ)り代(しろ)にして、死者の言葉を伝えるイタコという職業だと知ったのは、中学生になってから。目の不自由な人の生業(なりわい)として瞽女(ごぜ)などと共に東北では一般的だったらしいが、時代の変化と共に徐々に少なくなっていったと本で読んだ。
 祖母はイタコだったが目が不自由というわけではなかった。よく当たると評判で、祖母に口寄せをしてほしいと遠くからも人が集まってきた。真っ白な髪で、静かに淡々と口寄せをする祖母の姿は神々しくも異様で、地元でもカリスマ的に扱われていた。
 その娘だった自分の母親はよくも悪くも普通の女だった。幼い頃、同級生に祖母の仕事を揶揄(やゆ)され「化け物の娘」と言われたことがトラウマで、イタコという生業を嫌い、口寄せする祖母を決して見ようとしなかった。そして十八になると同時に反対する祖母を押し切って上京し、自分を身籠るまで地元には帰らなかった。
 祖母はイタコという職業であると同時に、霊能者だった。霊の姿が視え、人の過去が視えた。母親にも多少その能力はあったが、イタコを嫌っていた母親は自分の力を無自覚のまま封じ込めていた。
 母親は不倫の果てに妊娠したが、堕ろすという選択肢を持たなかった。相手の男に執着していたわけではなく、とにかく子供を、自分の味方になる何かを欲しがっていた。そしてたとえ不倫でできた子であっても、自分の子供なら祖母に受け入れてもらえると信じて疑わず、身重のまま田舎に帰った。
 数年ぶりに帰ってきた娘を見るなり、祖母は蒼白になった。腹はまだ出ていなかったのに「子を堕ろせ」と迫り、「その子は生まれながらの悪で、人を不幸にする犯罪者にしかならない」と言い切った。
「お母さんは頭がおかしい!」
 母親は傷心のまま東京へ舞い戻り、一人で子を産んだ。生まれたのは、とてもかわいい赤ん坊だった。外へ出かけても、みんなに「かわいい赤ちゃんねえ」「これならベビーモデルになれるんじゃない」と褒(ほ)めそやされた。過剰なまでの褒め言葉の裏には、たった一人で赤ん坊を育てる若いママへの同情も含まれていたが母親は気づかなかった。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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