よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 祖母の言葉の本質を全く理解していなかった母親は、こんなにかわいい赤ん坊なら、祖母も夢中になるのではないかと、子を連れて再び田舎に戻った。
 婆さんと二人きりになった時のことは、今でも鮮明に覚えている。瀕死の子猫を前にしたような、酷(ひど)く哀れむ目で自分を見下ろしていたからだ。哀れみの中に恐怖を、得体の知れない死の気配を感じ、自分は泣き喚(わめ)いた。母親は、自分を祖母に預けて、近所の幼なじみに会いに行って不在だった。
 祖母は泣き喚く自分の傍らで、経を唱え始めた。その経は空中で形になり、鎖のように連なったかと思うと、自分の口の中に飛び込んできた。喉が焼けるように熱くなる。そして次の瞬間、声が消えた。叫んでも喚いても、いくら喉が震えても、自分の口から「声」が出てくることはなかった。
「お前の存在は悪だ」
 声もなく泣いている孫に、祖母は淡々と告げた。
「しかし生まれてきたものは仕方ない。寿命がくるまでは殺せない。だが野放しにすると人に迷惑をかける。だから元凶の口は封じた」
 祖母が更に経を唱える。形になった文字が、今度は目に向かってくる。今思えば、婆さんは情報が出ていく場所に加えて、次は入ってくる場所も遮断しようとしていた。
 そこに母親が帰ってきた。途端、形になった文字はパッと消える。母親は子供が涙を流し、口を大きく開けているのに声が出ていないことにすぐ気づき「どうしたのよ、これってどういうことなの!」と祖母に鬼の形相で詰め寄った。
 祖母は何も言わなかった。母親は自分を連れて近所の病院に駆け込んだが、原因はわからなかった。大きな病院に連れて行っても結果は同じ。どんな治療をしても、自分の声は戻ってこなかった。母親は祖母に何かされた、、、、、と確信し、かわいい子供の声を奪った祖母を恨み、遠くから「お母さんは鬼だ。地獄へいけばいい」と絶え間ない呪いを飛ばした。
 祖母は自分が三歳の時に亡くなった。母親はその死を親類から知らされても、家に帰らなかった。祖母が亡くなっても、奪われた自分の声が出ることはなかったが、別の形で少しだけ戻ってきた。それが人の口を「借りて喋る」という形態だった。
 声は出せないけれど、誰かの口を借りたら喋ることができる。その人の口を借りるには、体のどこかが触れていないといけなかった。最初に自分の能力に気づいたのは母親だった。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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