よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 息子に言葉が、変則的とはいえ戻ってきたことを、母親は喜ばなかった。息子が意思を簡単に、正確に伝えられることよりも、「人の口を自由に操れる」状況に嫌悪感を抱いた。
「ママはおばあちゃんのせいで『化け物の娘』ってずっと言われてきたの。今度は白雄のせいで『化け物の母親』って言われるかもしれない。ママ、そんなの絶対に嫌よ」
 母親は息子にその能力を「誰にも知られないように」と重々言いふくめた。人の口を使って喋ったら、お化けや鬼に食べられるわよと、その年頃の子供が恐怖するアイテムを駆使して脅しにかかった。
 母親の言いつけを守って「人の口を使って喋れる」ことは誰にも言わなかったし、使ったこともなかった。お化けや鬼は本当にいるし、たまに見えていたから余計に怖かった。母親と二人だけの秘密だったのに、同じアパートに住んでいた同い年の和樹にバレた。
 和樹の母親は夫と死別したシングルマザー。白雄の母親よりも一つ年上で、建設会社の契約社員として働き、女手一つで和樹を育てていた。
 母親は和樹の母親と自分は同じ境遇だと思っていた。夫はおらず、頼れる人もいない。自分の子の白雄は喋れないけど、モデルができそうなほどかわいい子。和樹は喋れるけど普通の子。白雄ほどかわいくない。どっちもどっち。
「和樹くんは元気でいいわねえ」
 その言葉の裏には【けどうちの子の方がかわいいから】という本音が隠れていた。歪(いびつ)な考えを持ち、同じ境遇、平等であると思い込むことで、母親は和樹の母親と仲良くすることができていた。
 母親の気持ちがどうであれ、自分にとって初めてできた、秘密を共有できる他人が和樹だった。
 ……自分は物心ついた時から、人の顔を中心に黒い煙が集まったようなもやが見えていた。そのもやはなくなったり、急にあらわれたり、真っ黒になって人の頭を覆ったりと色々なバリエーションがあったが、それが何なのかわからなかった。
 黒いもやは大人に多かった。大抵の大人にはもやがかかっている。幼稚園に行くと、小さい子はもやがなかったり、薄かったり、すぐに出てきたり、消えたりした。
 もやが濃い子は、嘘をついたり意地悪をしたりする。それを知って、黒いもやは『悪』だと気づいた。だから黒いもやの子に何かされたら、やり返した。黒いもやの子だから、悪だから、そうされても当然だと思った。
 テレビでは、悪いことをした人の顔写真や動画がよく映る。けれど大抵は真っ黒でろくにわからない。真っ黒で見えないのに、どうしてテレビで映すんだろうとずっと思っていた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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