よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 自分の母親は、黒くなったり白くなったりしていた。突然真っ白になることもあれば、数日黒いままのこともあった。
 和樹は白い子だった。いつも白い。けれど自分が近付くと、少しだけ顔の周囲が黒く、もやっとした。和樹の母親も白かった。こっちは自分が近付いても、白いままだった。「人の口を使って喋れる」秘密を知られてから、和樹は自分が近付いても黒くもやっとしなくなった。真っ白なまま「遊ぼう」と近付いてくる。和樹と遊ぶと、普段はつまらないと思っている遊びが楽しくなった。白いのがキラキラして、気持ちよくなった。
 白いのは楽しいけど、人に嫌がらせをするのも楽しかった。特に黒い子。余計に黒くなってきて面白い。ただ嫌がらせをすると、その楽しさと引き替えに、後で体が重たくなったり熱が出たりした。和樹と遊んでいると、どんなに楽しんでも、後で嫌なことはない。嫌がらせ……悪いとされることには、それ相応の反動があった。
 小学二年生の、夏休みが明けたばかりの頃だった。自分たちは学校帰りで、蝉(せみ)の声が絶え間なく聞こえていた。
 向かいから、顔が真っ黒な男の人が歩いてきた。そして背中には血だらけの人がくっついている。この男は人を殺したんだとすぐにわかった。殺人者だ。テレビで見ることはあっても、本物を見るのは初めてだ。全身がうずうずしてきて、こらえきれず隣を歩いている和樹の腕を掴んだ。
「「あの人、真っ黒だね」」
 唇を読ませる時間ももどかしく、和樹の口を使う。立ち止まった和樹は、首を左右に傾けた。
「「あそこにいる、帽子かぶっている人」」
 その男を見た和樹は「黒くないじゃん。白い服だし」と唇を尖(とが)らせる。確かに白いTシャツ、ジーンズの半ズボンを穿(は)いているけれど……。
「「顔、黒いよ。真っ黒」」
「だーかーら、黒くないって」
 和樹に黒や灰色のもやはかかっていない。嘘はついていない。そうすると……。
「「黒いの、見えない?」」
「だから黒いのって何だよ? 影のことか?」
 この時はじめて、黒いもやはみんなが見えているわけじゃないのかもしれないと気づいた。自分の中では当たり前過ぎて、それが特別なことだなんて思いもしなかった。
 この気づきで、今まで不思議に思っていた疑問が解消した。どうして幼稚園の先生は、顔を黒いもやだらけにしている嘘つきの子の言うことを信じるのか。それは自分みたいに、黒いもやが「視えなかった」からだ。
 和樹もたまに黒いもやがかかる。点数の悪かったテストを隠したり、お菓子をつまみ食いしたりするからだ。そういうのは大抵すぐに見つかって、謝れば真っ白に戻った。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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