よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 嘘をつく、悪いことをする……ネガティブな感情で顔が黒いもやに覆われているのが視えるということは、和樹に言っていない。説明するのが面倒くさかったし、今でももやの正体が本当は何なのか自分もよくわかっていない。
 三井は最初の頃、顔のまわりにドス黒いもやがあった。日が経つにつれて黒いもやは晴れてゆき、今は白い。徳広は日によって白かったり黒かったりするが、大抵白い。和樹のまわりには、白い人間が集まってくる。黒い人間の方が見ていて面白いのに、和樹の傍にいるとみんな勝手に白くなっていく。
 黒いもやはみんなが視えるわけじゃないと知ったその年の冬、学校でインフルエンザが大流行した。学級閉鎖になり、和樹と遊べると喜んだのも束の間、自分も熱が出て寝込んだ。体がだるくて頭がぼんやりしていた時、自分の枕元に婆さんが出てきた。何年も前に死んでしまった、自分の声を奪った白髪の婆さんだ。
 婆さんは魚のような目で無表情に自分を見下ろしている。怖い。この婆さんは、自分から声だけでなく、目も奪おうとしていた。今更、何で出てきた? 奪い損ねた「目」を取りに来たのか。目が見えなくなったら、どうなるんだろう。今の学校には通えないかもしれない。そうなると和樹と遊べなくなる。
【あっちいけ、あっちいけ】
 心の中で叫び、頭から布団をかぶる。まだいっぱい見たい。遊びたい。あっちにいけ、あっちにいけ……そうして気づいた時には、病院のベッドの上にいた。高熱で意識を失い、救急車で病院に運び込まれて二日が経っていた。
 そんな自分の傍に、婆さんはずっと立っていた。怖かった。母親は婆さんがいることに気づいていなかったし、何かが「視える」話をすると嫌がるから言えなかった。熱が引くと同時に、婆さんはスッと消えた。
 それから熱が出たり体調が悪くなると婆さんは必ずあらわれ、体調が戻るといつの間にか消えた。婆さんは出てくるんじゃなく常に傍にいて、具合が悪くなり気力が落ちてしまうと視えてしまうのだと、中学の時に気付いた。
 頭が持ち上げられる気配に、フッと目を開ける。
「あ、起きた?」
 頭がゆっくり下ろされる。枕の冷たさが、後頭部から一気に伝わっていく。和樹の手が、額に置かれた。
「お前、ビビるぐらい熱いんだけど。ほんと病院行かなくていいの?」
 婆さんは和樹の肩越しにこっちを見ている。
「とにかく水分はとっとけ」
 ストローをさしたペットボトルが差し出される。無意識に口に含み、吸い上げる。乾いた砂地にしみこむように、水分が体を満たしていく。ペットボトルを掴んでいる和樹の手を握ると「んっ、どうした?」と聞かれた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

Back number