よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 前編

木原音瀬Narise Konohara

 母親の顔はとうとう真っ黒になり、夏休み明けに見た、人を殺した男と同じになってきた。母親は顔だけではなく、身体中がもやにつつまれてきている。そのうち白雄は母親が和樹と和樹の母親を殺すような気がしてきた。
 料理をする時、母親は包丁を手にする。すると余計に黒さが増してくる。和樹の母親は兎(と)も角、和樹まで殺されると困る。自分の秘密を知っているのは和樹だけだし、遊んでいて楽しくて面白い相手がいなくなるのは嫌だ。
 母親の黒いもやは未来への不安を煽(あお)りはするものの、心地よさも併せ持っていた。抱き締められると、母親の黒がじわじわ自分に浸透してきて、溶け合ってうっとりする。気持ちが凶暴になり、誰かを殴りたくなる。けれどそれは「自分がいいと思っている人間」に向けられてはいけないものだ。
 母親と和樹、どちらを選ぶかと言われたら和樹だ。どちらにしろ人を殺したら、母親は刑務所に行って自分は一人になる。
 母親の黒さを視ているうちに、わかった。母親は生きていてはいけない人間になっていっていると。婆さんが母親に「その子は悪だから産むな」と告げたことを思い出す。悪でも自分は生まれてきて、口を封じられて生きている。じゃあ生きていて悪になったものはどうすればいい? その悪が取り返しのつかないことをするのを、見ているしかないんだろうか。
 黒いもやは自分には心地よいけれど、母親にとってそれが苦しみなら、その黒ごと死んでしまえばいい。どうせなら、何かをしでかす前に自分が殺してしまったらどうだろう。自分は子供だから、そんなに怒られないかもしれない。そっちの方がいいんじゃないだろうか。
 人の黒いもやは視える。けれど自分のものは一切視えない。鏡にも映らない。もし同じようにもやが視える人が自分を視たなら、今、真っ黒な顔になっているに違いなかった。
 いくつか考えた母親の殺人計画は、実行に移されることはなかった。その前に母親が死んだからだ。
 その日は朝から雨が降り続く、嫌な天気だった。三時間目の授業中、教頭先生が教室のドアを開けて、担任の先生を外へ呼び出した。中断した授業に、生徒は不穏な空気を感じつつも、周囲の子と喋り始めた。
 隣の席だった和樹は「もしかして授業、なくなったりしてな」と期待に満ちた顔をしていたが、白雄は教頭が自分に向けた一瞬の視線が気になっていた。
 案の定、二人の教師はすぐに教室に戻ってきて、自分を呼び出した。そして隣の教室から聞こえてくる、教師が朗読する声が響く廊下で「お母さんが事故にあったそうだ。先生と今から病院に行こう」と小声で告げた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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