よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 後編

木原音瀬Narise Konohara

 川の傍にいた。日差しは柔らかく、春先の花のような甘い匂いが漂い、ただただ心地よい場所だ。いつここに来たか記憶にない。はしかで熱と発疹(はっしん)が出て、事務所に来ていた塩原と和樹の話を聞いているうちに……。
 川の向こうに婆さんがいた。感情の読めない魚に似た目で自分を見ている。
「ずっと昔に、殺し損ねたって顔してるな」
 白雄は肩を竦(すく)めた。
「俺のこと、殺したかったんだろ。けどクズな一人娘に似すぎてて、殺し損ねたんだよなあ」
 ここでは奪われたものが戻ってくるらしい。鼓膜に響く自分の声は、低音で掠(かす)れていた。
「……あんた偽善者だ」
 婆さんの表情は変わらない。
「本当は俺を『生かした』あんたがやらないといけなかったことを、和樹にやらせてるだろ」
 白雄は笑った。
「和樹、かわいそうに。俺のために犠牲になっているのに、元凶のあんたは傍観してるんだ」
 和樹は知っている。幼なじみであり弟である男が『悪いこと』や『報復』が大好きだと。それを自制しているのは、兄である自分が禁止しているからだということを。
 和樹は白い。和樹の傍にいると、楽にいられる。離れた途端、世間は黒いもやに姿を変えた悪意に包まれる。嘘、虚栄心、プライド、見栄、恨み、ねたみ……人の感情は流動的で、淀(よど)んだ川のように底が見えない。
 時折、悪意の底に沈みたくなる。思い切り誰かを陥れてみたい。人が陥落するさま、苦痛に歪む表情を見てみたい。しかしそれらは多くが犯罪と名のつくものになる。
 我慢しているのは、和樹が嫌がるからだ。和樹の傍にいたいから、あちらこちらに美味(おい)しそうな料理が置かれていても、指をくわえて見ている。
 高校二年生の時、和樹に彼女ができた。同じクラスの、背の低い女の子。和樹は前から「あの子、かわいいよな」と目で追っていたが、さほど思い詰めた様子はなかった。それなのに文化祭で盛り上がった勢いのまま告白し、付き合うことになった……のを視た。
 和樹は初めてできた彼女に舞い上がっていた。彼女も最初のうちは浮かれていたが、すぐに熱は冷めた。誰もいない時に彼女のボールペンに触れて探ってみると、中学生の時に大学生と付き合っていたようで、子供っぽすぎる和樹にうんざりしていた。
 和樹と笑って話しているのに、彼女の顔はうっすらと灰色になる。別れるのが秒読みに入っても、和樹には彼女の心の変化が見えていない。人形を相手に羽を広げて求愛ダンスをする雄クジャクのように、一人ではしゃいでいた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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