よみもの・連載

捜し物屋まやま

最終回 後編

木原音瀬Narise Konohara

「祐さん、それ……ゴ、ゴキブリじゃね?」
「どおおおおおおおお………」
 和樹と徳広の声が重なり、車の中に響き渡る。
「どおっ、どおっ、どうしてっ……ごっごっごっ…がああああああっ」
 徳広はブルブル震えている。
「あっ、すみません。俺の荷物にまぎれてたのかもしれないです。自分の住んでいる独身寮、古いんでけっこう多くて。外へ捨てといてください」
 ポリさんが申し訳なさそうに謝る。和樹が窓を開けると、徳広の手からゴキブリは飛び立ち、出ていかずに車内を旋回した。後部座席は阿鼻叫喚(あびきょうかん)。最終的に窓から退散していったが、後部座席の三人は黙り込んだ。
「密室のゴキブリ、ヤバいわ……」
 和樹が呟く。
「僕は前の家で見慣れてましたけど、飛んでこられると嫌ですね」
 元ゴミ屋敷の住人、三井にダメージはなさそうだ。ただ徳広は……右手を凝視したまま震えている。
「生まれて初めて、ゴキブリを掴んだ……ミイミイと初めてハイタッチした記念の日に……」
 徳広は今にも泣きだしそうだ。和樹の「忘れられない記憶になったじゃん」という言葉に「ハイタッチとゴキブリ鷲(わし)掴みのセットなんて最悪じゃないの!」と悲鳴を上げた。
「手、洗いたい! けど洗いたくない! どうすればいいのよ!」
 徳広の顔はゴキブリへの憎悪で真っ黒になる。本人はいたって真剣だが、端から見ているとただのコメディだ。つい笑ってしまう。が、声が出ないから徳広にはばれていない。ポリさんは白雄の笑い顔に気づいたが、黙認する。人の不幸を笑う。笑っても、さして害のない不幸。徳広の顔も真っ黒なのに、笑える。
 車がビルに着く。三人は降りず、そのまま徳広のマンションに向かっていった。 
 階段で四階まで上がると息が切れて、玄関に入ってそのまま壁に凭れる。和樹は自分の向かいで靴を脱いでいて、その横に婆さんもいる。影のように、当たり前に。
 和樹の手を掴んだ。
「「……言ったことなかったと思うけどさ……昔から、俺の死んだ婆さんがずっと傍にいるんだよね」」
 和樹が周囲を見渡す。けれど婆さんのいる場所で視線は止まらないので、視えていない。
「ふーん、そっか。いいな」
「「何がいいんだよ?」」
「だって孫のこと見守ってんだろ。そっか、そうだよな。心配だよな、お前みたいな奴」
 そんな訳がない。自分は婆さんに声を奪われた。殺されかけた。絶対にそんなことはない。けれどもし……。
「……なあなあ」
 白雄は顔を上げる。
「祐さんさぁ、今晩手ぇ洗うと思う?」
 和樹が肩をすくめて「ひひっ」と笑い、釣られて白雄も笑った。
「まぁ、そんなんどっちでもいいか」
 和樹を引き寄せ、抱き締めると体温差か、少しだけひやりとした。
「何だよ、急に甘えてきて」
 文句を言いながらも、振り解(ほど)かない。
「お前、たまに盛大にデレるよなあ」
 背中をポンポンと叩かれる。和樹にくっついたまま廊下を歩きながら、徳広は手を洗わないだろうなと、本当に、心からどうでもいいことを少し考えた。

(了)

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(まやま・かずき) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。25歳。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(まやま・しお) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。25歳。不思議な能力があるようだが……?

徳広祐介(とくひろ・ゆうすけ) 捜し物屋と同じビルに入っている法律事務所で働く弁護士。37歳のドルオタ。

三井走(みつい・かける) 元ひきこもりで、現在は捜し物屋の受付&法律事務所の電話番兼受付の35歳。徳広と推しが同じドルオタ。

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