よみもの・連載

捜し物屋まやま2

第一話前編

木原音瀬Narise konohara

 去年、打ち合わせにきた二十代後半の作家で、空気読まずにズバズバ言う系だなと松崎(まつざき)が思っていたそいつが、文芸の編集部に入るなり「うっわー貧民窟みたいですね」と唸(うな)った。
 それを聞いた編集長が「貧民窟……」とぼやき、副編集長も「貧民窟って」と続いて、細やかな伝言ゲームのように「貧民窟」「貧民窟」と編集部内に連鎖していった。二ヶ月前の締め切りをぶっちぎっているそいつからは未(いま)だ連絡はないが、残された名言「貧民窟」は編集部で大流行し、ことあるごとに「ここは貧民窟だからな」と面白半分に使われている。
 奴(やつ)に貧民窟を印象づけたのは、散らかしっぱなしの現状にプラスして、床に置かれた薄汚い寝袋と、そこかしこに散らばる弁当の空容器だったと推測する。冬の寒い時期とタイミングも悪かった。夏ならもうちょっと早く片づけていた。……腐って臭うからだ。
 先輩だった河原(かわはら)みのりがいた頃は、彼女が見るに見かねて整理整頓をしていた。そのおかげで編集部内の秩序は最低限、保たれていたわけだが、いなくなったら即カオス。共用のテーブルや本棚には、誰が置いたのかわからない資料やゲラ、献本がうずたかく積み上がり、崩れ、積み上げ、崩れという地獄を繰り返している。
 去年、榊(さかき)と河原の女性二人がセクハラ、モラハラ問題で退職した。流石(さすが)にウチでもそろそろ対策というか対応に乗り出すかと思いきや、やっぱりというか案の定というか流石というか、上のオッサンたちの「あれこれ面倒くせえ」という時代錯誤なノリで、編集部員は全員男になった。「ですかーですよねー」と権力に巻かれながら、ここの出版社って将来ヤバいかもと本気で思っている。
 貧民窟の汚さには日々拍車がかかるも、目は慣れてすっかり日常の景色。「汚」が通常運転の柊(ひいらぎ)出版の文芸編集部、ブラインドを下ろした窓際の席で、松崎伊緒利(いおり)は作家に送るゲラチェックを終えて封筒にぶち込んだ。朝一のバイク便に頼めば、午前十時には作家宅に届けられる。予定通りでないと不機嫌になるセンセなので、時間厳守はマスト。ゆるゆるタイプなら「すんませーん、明後日でもいいですかぁ」の連絡一つで先延ばしできるが、そうもいかない。
 ホッとため息をついて、椅子の上で大きく伸びをする。ホワイトボードの上、禁煙分煙何ソレで黄色くヤニまみれになった柱時計は深夜零時三分前。カップラーメンができるのを待っている間に今日が終わる。急げば終電に間に合うかもだが、駅まで全力疾走したくない。足許(あしもと)に丸めてある激安寝袋が「カモン、ベイビー」と手招きしている。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(26) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(26) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。不思議な能力があって・・・・・・。

徳広祐介(38) ドルオタ弁護士。捜し物屋と同じビル内の法律事務所で働いている。

三井走(36) 天涯孤独の元引きこもり。現在は徳広の勤め先で事務員をしている。

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