よみもの・連載

捜し物屋まやま2

第四話前編

木原音瀬Narise konohara

「駅から三十分か」
 スマホに表示された地図のナビ、徒歩ルートにはそう出ている。近くはないが、もの凄(すご)く遠くもない。タクシーを使うという選択肢が頭に浮かぶも、自分たちには最低限の現金しかない。宿の送迎バスは、五分前に出たばかり。平日のせいなのか便数が少なく、来るのは一時間後だ。
「よし、歩くぞ」
 決意表明も兼ねて、間山和樹(まやまかずき)は右手をぐっと握った。隣にいた弟の白雄(しお)が眉間に皺(しわ)を寄せ、その唇が『タクシー』と動く。
「三十分ぐらいすぐだろ。走れば十五分ぐらいで行けそうだな。宿まで競走するか?」
 腕を振って走る真似(まね)をする。白雄が胸を押さえ、絶対に嫌だと言わんばかり、これ見よがしに吐くジェスチャーをしてみせた。
「じゃ歩こうぜ。荷物もないんだしさ」
 歩き出した自分の隣を、嫌みったらしく大きなため息をついた白雄がノロノロとついてくる。
 鉄道の駅前には、蕎麦屋やカフェといった定番の飲食店がぽつぽつとあったが、ナビに誘導されるがまま歩いていくうちに店は消え失せ、どんどん家と家の間隔が開いていく。京都駅やその周辺の観光地は賑(にぎ)わっていたのに、少し外れて山際になると欠伸(あくび)みたいに間延びした、よくある寂れた田舎の風景に落ち着いてくる。
 川の傍(そば)、竹藪(たけやぶ)の脇にある片側一車線の小さな道路を東に進む。住宅どころか両脇は田んぼと畑だらけになってくるし、この先本当に宿があるのか心配になってナビを確認するも、間違ってはいない。
 西日が思いのほかきつい。額に汗が浮き出し、脇の下や背中がじっとり濡れてくるのがわかる。午後五時を過ぎているのに、やたらと蒸し暑い。東京からセダンに五人でぎゅうぎゅう詰めだったが、惜しみなく冷房をかけつづけたので道中は涼しかった。七月の京都、盆地の蒸し暑さを舐(な)めていたかもしれない。
 高速道路で渋滞にはまったせいで、三井(みつい)、ポリさん、松崎(まつざき)の三人がアネモネ7(セブン)のライブに遅れそうになり、宿まで送ってもらうはずだった予定を急遽(きゅうきょ)変更して京都駅で自分たち二人だけ降りた。旅館の送迎バスが来る最寄り駅まで電車に乗り、そこから歩いているわけだが、やっぱりタクシーを使えばよかったかも……うっすら後悔したタイミングで、肩に何か触れた。白雄の手だ。
『暑い!』
 自分の口が大きく開き、雷鳴みたいに叫ぶ。
「わかった。俺が悪かったから、怒るな」
 白雄がフンッフンッと興奮した犬のように鼻を鳴らす。猛烈に機嫌が悪い。白雄は暑すぎるのも、寒すぎるのも嫌がる。頭もいいし体力もあるが、それを使うことを嫌う。根性論など鼻で笑い飛ばし、一年中省エネモードで生きている。
 まいったなと思っているうちに、前方に救世主があらわれた。畑の脇にぽつんと佇(たたず)むコンビニ。自然と体が店の中に吸い込まれ、棒アイスを二つ買う。そして残りの徒歩約十五分、二人でシャクシャクとアイスを食べ、暑さをまぎらわしながら歩いた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(26) 「捜し物屋まやま」所長兼小説家。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(26) 捜し物屋スタッフ兼マッサージ師。不思議な能力があって・・・・・・。

徳広祐介(38) ドルオタ弁護士。捜し物屋と同じビル内の法律事務所で働いている。

三井走(36) 天涯孤独の元引きこもり。現在は徳広の勤め先で事務員をしている。

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