よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈前〉

黒木あるじAruji Kuroki


「掃除屋ぁ?」
 ヒンズースクワットをこなしながら司藤武士(しどうたけし)が訊(たず)ねた。
 短かく刈りあげた坊主頭に汗粒が浮き、水を撒(ま)いた芝生よろしく光っている。絞れそうなほど濡れたシャツからは、うっすら湯気が立ちのぼっていた。
「リングを掃除するレスラーか。それとも箒(ほうき)を凶器にでも使うのか」
「掃除屋じゃねえ。そ、う、ぎ、や」
 俺は屈伸のリズムに合わせ、一文字ずつ区切りながら答える。単語を強調したかったわけではない。呼吸が限界に達していたのだ。すでにスクワットの数は五百回を超えている。意思とは無関係に太ももが痙攣(けいれん)し、すこしでも気を抜けばその場に尻餅(しりもち)をつきかねなかった。
「葬儀屋……なんだかダサいリングネームだな」
 青息吐息な俺とは裏腹に、隣の司藤は息も継がず平然と笑っている。おなじ日に入門した練習生とは思えぬ体力の差にほとほと嫌気がさす。おまけに司藤は要領も良く、先輩レスラーにも可愛がられていた。この調子でいけばプロデビューの太鼓判をもらう日は遠くないだろう。同期の自分を置き去りに、まもなくスポットライトを浴びるはずだ。
 もちろん初戦は惨敗するだろうが、そこはソツのない司藤のこと、わざと皆が気に入りそうな青臭いファイトを披露して高評価を得るに違いない。観客も対戦相手も惜しみない拍手を送る──そんな光景がありありと脳裏に浮かんだ。
 くだらねえ。
 小声で吐き捨てる。処世術に長(た)けた司藤に対しての言葉か、不器用なおのれへの科白(せりふ)か、それともプロレス全体に向けた発言か。俺自身、よくわからなかった。
「葬儀屋ってのは異名だよ。そう呼ばれているレスラーが業界に居るらしい。リングで相手を秘密裏に葬り去るんだとさ。狙われた選手はその試合を最後に表舞台から姿を消す。まさしく墓の下に埋められるってわけだ」
 先輩の立ち話で小耳に挟んだ〈とっておきの情報〉を口にする。お前よりこの世界に精通しているぞ──そんな、ささやかな自慢のつもりだった。けれども司藤はあまりピンと来ていないようで「ふうん」と首を捻(ひね)っている。やたらと空気を読む性格のくせに、肝心なところは鈍感なのがまた腹立たしい。
 うんざりしながら、目に流れこむ汗を指でぬぐった。それしきの他愛ない動作ですら悲鳴をあげそうになる。全身が痛い。思考がまとまらない。暑さにスタミナが根こそぎ奪われている。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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