よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki


「はぁい、じゃあ次は猫のポーズでぇす。背中をゆっくり曲げてくださぁい」
 女性インストラクターが間延びした声で俺たちに告げる。正確に言うなら、俺とサーモン多摩川(たまがわ)、そしておなじ部屋に居る十数名の女性たちに──だが。
 尾崎(おざき)レッドとの悶着(もんちゃく)から数日後の今日、俺と多摩川はヨガ教室の一日体験に参加していた。色とりどりのマットが敷かれた板張りのフロアでは、全員が背中を湾曲させ、いましがた指示された〈猫のポーズ〉とやらに挑戦している。
「いだだッ、これはなかなか厳しいもんですねえ」
 俺の隣で多摩川が情けない声をあげた。付き人としては「そうですね」と同意しておくべきなのだろうが、とてもそんな気にはなれない。
 うんざりしていたからだ。
「特訓をする」と言うから、てっきり激しいスパーリングか他武術への出稽古を想像していたのに──まさか、ヨガとは。
 健康と美容に効くとあって、俺たち以外はみな女性である。恥ずかしさに縮こまる俺をよそに、多摩川は上下ピンクのタンクトップにスパッツという、見た人間の網膜を破壊しそうな衣装をまとい汗みずくで奮闘している。
 本当にこれが尾崎のファイトを分析した結果なのか。〈紅い天馬〉への対策になるのか。とてもじゃないが、そうとは思えない。
 不安を募らせている理由は、ほかにもあった。
 昨日、多摩川は別の〈特訓〉も敢行している──ダンスだ。
 ブレイクダンスを教えているスタジオに道場破りよろしく乗りこみ、「踊りを教えてくれませんかねえ」と強引に迫ったのである。生徒らしき十代の少年少女が遠巻きに見守るなか、多摩川は講師の青年を半ば軟禁して、あらゆるムーブのレクチャーを受けた。
 とりわけ彼は〈ワーム〉と呼ばれる、名前のとおり芋虫のように身体(からだ)を蠕動(ぜんどう)させるムーブが気に入ったようで、途中からはそればかりを必死に教わっていた。
 特訓から二時間後には、まさしく岸に打ちあげられた鮭(さけ)のように不細工な〈ワーム〉を披露し、「完璧です!」と講師からお墨つきをもらっている。一分でも早く追い返すための言葉だと、その場に居る多摩川以外の全員が気づいていた。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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