よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 それを経て、今日のヨガである。強敵対策を信じろというほうが馬鹿げている。どう考えても特訓ではない。これは単なる趣味だ。特訓と称して付き人を帯同させ、遊びほうけているだけだ。
 失望する俺をよそに、ヨガ教室はクライマックスに近づいていた。
「それでは、最後は高難易度のポーズ、カポサータナにチャレンジしてみましょう。これは、鳩(はと)の王のポーズとも呼ばれているんですよお」
 インストラクターの女性が膝立ちになると合掌した手を背中へまわし、そのまま後方へ大きく反りかえって自身の踵(かかと)を掴んだ。恐ろしく負荷のかかったブリッジの体勢。そこから彼女はさらに腰を深く曲げ、ついには身体で極端なU字を描いてしまった。
 生徒たちから驚きの声があがる。特に──多摩川が目の色を変えていた。
「先生ッ、あっしに是非ともこいつをマスターさせてください!」
 他の生徒を押しのけて最前列へ割りこみ、恐怖で硬直したインストラクターへ地蔵でも拝むように手を合わせ、頭を床にこすりつけている。
 土下座するピンクの怪物を眺め、俺は肩を落とした。
 くだらねえ──一瞬でも多摩川に期待した、自分への言葉だった。

「……いやあ、今日はさんざん連れまわして、すいませんでしたねえ」
「いえ、これも付き人の務めですから」
 ヨガ教室を終え、すっかり暮れた駅前の道を俺たちは歩いていた。
「でも、おかげで最後は〈雉(きじ)の丸焼きのポース〉を成功させましたよ」
「は、鳩の王ですね」
 喜ぶ多摩川に訂正の声は届いていないようだった。そもそも、あれを成功と言って良いのだろうか。折れたソーセージにしか見えない多摩川のポーズが脳裏へ鮮やかによみがえり、俺は苦笑いを浮かべる。
 駅前の広場は、師走の喧騒(けんそう)であふれていた。にぎやかさに後ろ髪を引かれたのか、多摩川が「どうせだから、飯でも食っていきませんか」と俺を誘う。
「すいません……お気持ちは嬉しいんですが、そろそろ帰らないと門限が」
「ああ、ネオさんは道場の隣が新人用の寮なんでしたっけ。本当に良い環境だ。世間の誘惑に負けず、鍛錬できますからねえ」

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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