よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 鍛錬──腹のなかが、ぐつり、と煮えた。呆(ほう)けていた心に黒い火が灯る。道場、竹刀、汗、バーベル。自分を鬱屈(うっくつ)させる諸々(もろもろ)が、浮かんでは消えていく。
 くだら──うっかり漏らしかけた言葉を慌てて飲みこむ。半ば口癖になっているなと自戒した直後、多摩川が口を開いた。
「なにがくだらねえ≠ですか」
「え」
「いま言いかけたでしょう。今日のヨガ教室でも、こないだ花道を引き揚げるときも、おなじ言葉を吐(は)いてましたよ」
 舌を巻く。須原(すはら)との会話をリング上からとらえていたほどの地獄耳、独り言を盗み聞きするくらい造作もないのだろう。
「別に……なんでもありません」
 真顔でシラを切る俺をじっと見つめ、多摩川が「辛いでしょうなあ」と言った。
「練習にも身が入らない。筋肉もまるで増えない。なにもかも結果が出ない。それはね……疑問が拭えないからですよ」
「なんの話ですか」
「お前さんの話ですよ」
 苛立つ。見透かされている。吠(ほ)えたくなるのを耐え、問いかけた。
「俺が、なにを疑っていると言うんですか」
「プロレスはあらかじめ勝ち負けが決まってるのではないか……そう思ってるんでしょう」
 あまりにも直球の言葉に、絶句する。
 図星だった。
 プロレスは勝敗のある〈見世物〉なんだよ──ファン時代から入門するまで、あらゆる人間に聞かされた言葉。侮蔑に似た助言。無知を憐(あわれ)んでのアドバイス。
 信じなかった。
 俺が幼いころ観たプロレスは超人と超人のぶつかり合いだった。相手を信頼しつつ全力で競っていた。全身で攻め、受けていた。だからこそ俺はこの道を志した。
 客を盛りあげるためのキャラクター付けがあっても別に構わない。競技性とかけ離れた反則行為も気にはならない。ただ、闘いそのものは嘘であってほしくない。そう願っていた。
 しかし入門してまもなく、信念は疑念に変わった。決定的な出来事があったわけではない。選手を集客の多寡(たか)で区別したり、上下関係が露骨に勝敗を左右しているさまを目にするうち、もしや──と思ってしまったのだ。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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