よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 ならば、強くなることに意味などない。どれほど鍛えようが、技術を体得しようが、結局はくだらない容姿やしがらみに負けてしまうではないか。疑ったが最後、なにもかもくだらなく思えてしまった。それでもプロレスを嫌いになれない自分が、なによりも嫌いだった。
 本当はどうなんだ。プロレスよ、どうなんだ──。
「どうなんですか」
 ようやく、ひとことだけを絞りだす。
 多摩川が不敵に笑った。
「気になるなら、あっしと闘ってみますかい」
 聞いた科白(せりふ)。堂鉄の顔がフラッシュバックする。不思議と恐怖は感じなかった。
「ある先輩もおなじ科白を言いました。疑うなら俺とやってみるか≠チてね。でも、それは逃げですよ。答えになってないです。俺が知りたいのはそんなことじゃない。リングで純粋に勝った負けたを争っているのか、年功序列や人気と切り離された闘いがあるのか……それを知りたいんですよ」
 多摩川は黙っている。俺も視線を逸(そ)らさない。背後で、サラリーマンらしき酔っぱらいの一団が口論を始めた。ひとりが「嘘つきめ!」と叫ぶ。近寄って握手をしたくなった。
 絶叫の主をちらりと見遣ってから、多摩川が答えた。
「結論から言えば、リングの上はいつだって真剣ですよ。お前さんが思っているよりも、はるかにシビアでハードでピュアでシリアスです」
 へえ、そうなんですね──とは言えなかった。この男自身が、いま口にした要素とは真逆のファイトスタイルなのだ。
 こちらの内心を悟ったように、多摩川が「お前さんから見れば、あっしなんざ疑惑のきわみでしょうがね」と首を振る。
 答えなかった。それが答えのつもりだった。
 多摩川はしばらく俺を凝視していたが、急に鷲鼻(わしばな)を膨らませるや「良いツラだなあ」と声を立てて笑った。言葉遣いが違う。いつものおどけた口ぶりでも、尾崎に浴びせた冷たい口調でもない。体温のある声だった。
「次の試合、一秒も見逃さないよう目ん玉ひんむいててくださいよ。強さってのがなんなのか、闘うってのがどういうことなのか、見られるかもしれません」
 一気に言うと、多摩川はこちらの返事を待たずに改札へと歩きだした。
「やれやれ、今回はふたり葬るわけか。手間だねえ」
 去りぎわ、彼はたしかにそう言った。
 葬る、葬る、葬る──。
 大きな背中が改札の雑踏に消えるまで、反芻(はんすう)し続けた。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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