よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 寮に戻ると、隣の道場から灯(あか)りが漏れていた。
 すでに時刻は午後十時をまわっている。いったい誰がこんなに遅く──。
 おそるおそる覗(のぞ)いた先には、黙々とヒンズースクワットに励む同期の姿があった。
「……司藤(しどう)」
 こちらに気づいて、司藤武士(たけし)が屈託のない顔で「よう、おかえり」と笑った。その足もとには黒い染みが広がっている。
 汗──だとしたら、彼は何時間この苦行をこなしていたのか。
「お前、なにしてんだよ」
 問いを受けて、俺に歩み寄ろうとした司藤の足がもつれる。すんでのところで体勢を立てなおし、汗まみれの同期は「やっぱり三時間はキツいな」と悔しそうに吐いた。
「付き人デビューはお前に先を越されちまったからさ。一日でも早く追いついて、一秒でも早く追い越さないといけないだろ。だから……秘密の自主トレだ」
 よほどバツが悪いのか、照れくさそうに鼻の頭を掻(か)く。
 霧が晴れるように一瞬で悟った。
 司藤の自主トレは今夜が最初ではない。こいつはずっと鍛えていたに違いない。俺が不信感を理由に至らない自分を弁護しているあいだも、いいわけひとつせず愚直に前へ進み続けていたのだ。先輩に対する態度も牙井(きばい)へのアピールも、すべては司藤なりの闘いだったのだ。清も濁もおかまいなしにリングをめざしていたのだ。
「……お前は凄(すご)いな」
「へ、なんの話だ」
「……司藤、お前といつか闘おう。思いきり、誰にも邪魔されずに」
「おう、そうだな。で、サーモンさんはどうだった。特訓に行ったんだろ」
 俺のエール交換を軽くいなし、司藤が興味津々の目つきで訊(たず)ねてきた。旺盛すぎる好奇心に苦笑しながら「散々だったよ」と答える。
「今日なんか、ダンスとヨガの梯子(はしご)だぜ」
「踊りと整体かよ。それに、なんの意味があるんだ」
 いかにも司藤らしい明快な質問。残念ながら俺は返す言葉を持っていない。
「さあね。あの人のことだ、意味なんてないのかもな」
 半ば自棄(やけ)っぱちに結論づける。
 間違いだった。きちんと意味はあった。
 それを知るのは数日後──ホール大会のことだった。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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