よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki


「青コーナー、沖縄県那覇市出身。〈ピンクの怪魚〉サーモン多摩川ぁ!」
 リングアナが紹介するなり、どかんとホール全体が沸いた。
「なんで沖縄なのにサーモンなんだよ!」
「ハブに改名しろ! マングースでも良いぞ!」
 客席から飛ぶ野次に、多摩川は両手でピースサインを作りおどけている。赤コーナーにもたれていた尾崎が、その様子を一瞥(いちべつ)して忌々(いまいま)しげに唾を吐いた。
「イラついてるねえ。この試合は荒れるかもなあ」
 傍(かたわ)らの須原が心なしか弾んだ声でつぶやく。どうやら俺の隣を定位置に決めたらしい。
「喜ばないでくださいよ。こっちはなにが起こるかとヒヤヒヤしてるんですから」
「なに言ってんのカジちゃん。プロレス記者にとっちゃ、アクシデントやトラブルはご馳走だよ。それにしても……なんで突然こんなミスマッチが組まれたのかねえ」
「さ……さあ。会社の気まぐれじゃないですか」
 途端、須原がベテラン記者の顔に戻り「有り得ないって」と首を振った。
「牙井さん、テーマのない試合は絶対に組まないもの。そのときは理解できなくても、あとから真意を知って驚くなんてことが何度もあったからね。だから、なにかしら理由はあると思うんだけど……心あたり、ないのかい?」
 あいかわらず親しげな口調で訊ねてきた。
 心あたり。
 あるとすれば葬儀屋疑惑の件だが、いまだ確証が持てない。むしろあの珍奇な特訓のあとでは、心は〈シロ〉に傾いている。
 返答に窮し、俺は誤魔化すように視線をリングへ戻した。
 カクテルライトに照らされたマットの上では、レフェリーが試合前のボディチェックをおこなっている。と、唐突に多摩川が後方へ勢いよく倒れこんだ。激しい受け身に尾崎も虚を衝(つ)かれ、呆然(ぼうぜん)としている。多摩川が腰をさすりながら、立ちあがって叫ぶ。
「お前、奇襲とは卑怯(ひきょう)だぞ!」
 場内が笑いに包まれる。むろん技などかけられてはいない。勝手に自分で転んだのだ。相手の気を削(そ)ぐ手口なのだろうが、尾崎はにこりともせず〈怪魚〉を睨(にら)みつけていた。
「……なめんなよ、出戻り野郎」
「シャケが海から帰ってくるのは当然でしょう」
「憶(おぼ)えておきな。故郷に着いた鮭は死ぬんだぜ」
「そんじゃま、卵を産む準備でもしますかね」
 多摩川がくるりと背を向けてタイツをずりおろし、生白い尻を突きだした。爆笑のなか、飛びかかろうとする尾崎をレフェリーが懸命に押さえつける。
「いやあ、今日は荒れるぞお」
 心底嬉しそうに、須原がつぶやいた。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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