よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 尾崎が静まりかえる空間に気づいて、おもむろに自らの頬を叩いた。
「……わかったよ! いつものヤツを見せてやる!」
 表情が一変している。控え室で去り際に見せた〈プロ〉の顔だ。
 そう叫ぶなり、尾崎が多摩川の腕をとらえてロープへ投げ飛ばし、高く垂直に飛びあがった。よろめきながら戻ってきた顔面にドロップキックを炸裂させる。打点の高さに拍手が起こる。
「まだまだッ!」
 ふらつく多摩川の背中をがっしりととらえ、尾崎が弓なりに上体を反らせた。お手本のようなジャーマン・スープレックス。マットが地響きを立て、風圧が俺たちの顔を打つ。
 大の字のサーモンをよそに、尾崎が間髪容(い)れずに立ちあがってコーナーポストへ一瞬で駆けあがった。フィニッシュの予感に観客が一瞬ざわつく。ちらりと位置を確かめてから紅い天馬が後ろ向きに翔(と)び、空中で正座に似た姿勢を作ると、両膝を多摩川に突き刺した。
 完璧だった。
 ドロップキックからジャーマン、そしてムーンサルト・ニードロップの連係。通称〈ウイニング・スカイ〉。これまでに何度も勝利をもぎ取っている、十八番の必勝パターン。尾崎が軽く見栄を切り、大の字の〈出戻り野郎〉に覆いかぶさった。すかさずレフェリーが脇へ滑りこみ、マットを叩く。
「ワンッ! ツーッ!」
 スリー直前、多摩川がコミカルな動作で肩をあげた。まさかの粘りにどよめきが起こる。尾崎は目を大きく見開いて何度もレフェリーに詰め寄っていたが、カウントが覆らないとわかるや、多摩川を強引に立たせて再びエルボーを打ちこみはじめた。
 肘が舞う。二度、三度、四度──。
 ふと、違和感をおぼえた。
 さっきはあれほど楽しそうに殴打をカウントしていた客席がやけにおとなしい。尾崎の名を呼ぶ声もあきらかに少なくなっていた。須原もさすがに勘づいたのか、しきりに後方の客席をうかがっている。ふいに、リングサイドの観客が「サーモン、一回くらいやりかえせ!」と檄(げき)を飛ばした。
 瞬間──違和感の正体を理解する。
 多摩川は、試合開始から一度も攻撃を出していない。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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