よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 プロレスは攻防が要となる格闘技だ。相手を攻め、反撃され、再度攻める──その連続が観客の興奮を高め、場内に熱気を満たしていく。だが、今日の試合は断絶した技が一方的に散らばっているだけだ。血がかよわず、脈動もない、死体よりも冷えきった〈闘いもどき〉。そんなものを喜ぶ人間などいない。
 冷えきった死体。
 もしや、これが葬儀屋の手口なのか。
 だが──仮にそうだったとして、多摩川はここからどうする気なのか。
 会場を冷やし、観客を醒(さ)まし、それで終わりなのか。
 俺が考えている数秒のあいだに、尾崎は再びドロップキックを放っていた。仰向けに倒れこむ多摩川をどたばたとフォールする。だがカウントはまたしてもツー。赤コーナーのセコンド選手が「焦(あせ)るな!」と叫んだが、尾崎にその声は届いていない。よろよろと起きあがった多摩川の背にしがみつき、二度目のジャーマン・スープレックスを決める。先ほどより角度が甘いせいもあってか、いっそう拍手はまばらだった。尾崎はまだ止まらない。這うようにしてコーナーへのぼり、間髪を容れず空中を舞って膝を多摩川に命中させた。どこか社交辞令じみた喝采のなか、三度目のフォール。レフェリーがカウントツーを数えると同時に〈怪魚〉が力なく跳ね、肩をあげた。
「……そういうことか」
 ようやく俺は多摩川の意図を悟った。
 尾崎はすべての技を出し尽くしたのだ。勝利につながるコンビネーションをひととおり──否、駄目押しとばかりに二度も披露しておきながら、カウントスリーを取りそこねたのだ。しかも攻撃ひとつしていない男を相手に。
 結果、〈ウイニング・スカイ〉は今日、その効力を完全に失った。
 尾崎は死んだ。天馬は墓の下に葬られた。
 目の前のこれは、もはや試合ではない。
 死合だ。
 確信する。やはり多摩川は──葬儀屋だ。
 ようやく場内の反応を感じとったのか、尾崎は青い顔で四つん這いのまま固まっている。血の気がすっかり失せた、死にかけの獣だ。
「ご愁傷さま」
 のっそりと多摩川が半身を起こす。
「棺桶の蓋(ふた)は閉じられましたぜ」
 瀕死の鮭が、翼の折れた天馬へにじり寄る。故郷の川で死を迎えるおのれの道連れに、水底(みなぞこ)へ引きずりこむつもりなのだ。
 どうする。もう手札は一枚も残っていない。
 ごくりと唾を飲んだ直後──風が変わった。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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