よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 呆然とリングのふたりを凝視するうち、俺は身体の震えに気がついた。震撼(しんかん)──違う。恐れではない。なんだこれは。なんだこの感情は。喧騒のなかで考える。
 嗚呼(ああ)、わかった。
 俺は、目の前の光景に胸を震わせているのだ。
 尾崎の逆エビ固めは、ため息がこぼれそうなほど美しかった。
 端整な彫像を思わせるフォルム。駿馬(しゅんめ)のごときシルエット。
 長身の尾崎レッドでなければ創りだせない、強さと激しさと逞(たくま)しさをそなえた芸術品があった。観客も俺とおなじ感情を抱いたのか、あちこちで恍惚(こうこつ)の吐息が漏れている。
 尾崎がさらに身体を反らした。たまらず多摩川がマットを連打し、ギブアップの意思を示す。ゴングと同時に俺はリングへ滑りこみ、死に体の鮭へ氷嚢(ひょうのう)をあてた。
 俺の手を払いのけ、多摩川がリングアナを指す。「喋らせろ」のサイン。慌ててリングサイドへ走り、マイクを受けとって多摩川に手渡した。
「おい、尾崎」
 それきり──多摩川は黙った。尾崎はコーナーによりかかったまま、目を合わせようともしない。観客全員が固唾(かたず)を呑(の)む。今日の試合の意味を、答えを聞けるのではと次の科白を待ちかまえている。
「お前さん、あんなひどい技かけるなよ。死んじゃうじゃねえかッ」
 涙声の訴えに、会場の空気が一瞬で弛緩(しかん)する。安堵(あんど)の笑い声と拍手を受けながら、半ば転がるように敗者がリングを降りた。慌てて肩を貸し、花道を進む。
 賛辞の雨を浴びつつ、俺のなかでは新たな謎が渦巻いていた。
 もし多摩川が〈葬儀屋〉なのだとしたら、なぜ尾崎を生かすような真似(まね)をしたのか。
 あれではまるで再生だ。再臨だ。どうして、そんなことを。
 興奮の余韻のせいか、答えは見つからなかった。
 すべてがあきらかになったのは──数分後のことだった。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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