よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki


 廊下の向こうから、メインイベントの歓声が聞こえている。
 多摩川は控え室のベンチに座ったまま、ぴくりとも動かない。頭に巻いたタオルが赤く滲(にじ)んでいる。不測の事態を予期してか、他の選手はすでに全員が部屋から引きあげていた。
 廊下の彼方から、怒気を孕(はら)んだ足音が迫ってくる。派手な音を立てて開いたドアの先には、赤髪の勝者が立っていた。
「……どういうつもりだッ」
 返り血でまだらに汚れた顔もそのままに、尾崎が吠えた。多摩川は意に介さない様子で、壁のあたりをぼんやり見つめている。
「さて、なんの話ですかねえ」
「あんたのおかげで〈ウイニング・スカイ〉は二度と使いものにならなくなった。この先、どれだけ俺が飛ぼうが跳ねようが客はウンともスンとも言わないだろうよ」
「あわれ天馬は墜落死……ってわけだ。いやあ、良い葬式でしたよ」
 合掌する多摩川をじっと見つめ、尾崎がおもむろに口を開いた。
「多摩川さん、あんた〈葬儀屋〉だろ」
 思わず叫びそうになる。俺が抱いていた疑問を、まさか尾崎が口にするとは。
「遠征先の海外で噂を聞いた。お払い箱のレスラーを始末する東洋人レスラーが居るとね。そいつは、尊敬と畏怖(いふ)の念をこめて〈葬儀屋〉と呼ばれているって話だった」
 東洋人という情報は初耳だ。もしかしたら、俺が盗み聞きした先輩の話は尾崎から伝わったのかもしれない。
「今日のあれが葬儀屋の手口なのか。今日で俺は用済みってことか。レスラーとしては、死んじまったのか」
 遠くを見つめていた多摩川の視線が、尾崎に留まる。
「その噂、あっしが聞いたものとはちょっとばかり違いますね」
 予想しなかった科白。俺も尾崎も戸惑っている。こちらの心情を代弁するかのように、観客のどよめきが廊下の向こうから届いた。
「そいつはたしかに対戦相手を葬る……だが、実際に殺すわけでも選手として終わらせるわけでもない。そいつが持っている葛藤やわだかまりを、地の底深くに埋めるんです。迷いや悩みを骨になるまで燃やすんです」
「迷いや、悩み……」
 尾崎の顔が、さっと白くなる。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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