よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

「じゃあ……あんた、こいつを知っててあんな真似を」
 一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)してから、尾崎は険しい表情で赤いロングタイツを捲(まく)りあげた。露出した両膝には幾重にもテーピングがほどこされ、サポーターで補強されている。コスチュームのおかげで試合中は目立たなかったが、あきらかに軽傷ではない。
 尾崎が左のサポーターを乱暴に剥(は)ぎとり床へ放り投げる。拾いあげた多摩川が裏地に手をあてるなり、眉間にしわを寄せた。
「熱が残っている。腫(は)れが慢性化している証拠だ。まあ、ドロップキックやバク転で膝をマットに叩きつけていれば、当然の代償ですがね」
 尾崎が観念したように長く息を吐き、どさりと多摩川の隣へ座る。
「察しのとおり、俺の膝はパンク寸前だ。医者によると、割れた半月板の破片が関節や靭帯(じんたい)を引っ掻き、膝を内側から削っている状態らしい」
「ロッキング現象……厄介ですな」
 俺の知らない横文字。かろうじて、良い意味でないことだけは理解できた。
「厄介なんてもんじゃない。爆弾を抱えたまま、毎日ビルの二階から飛び下りているようなもんさ。このまま〈ウイニング・スカイ〉を続けていたら……」
「早晩リタイアしたでしょうね。下手をすればそのまま引退、最悪の場合は日常生活すら難しかったかもしれません」
 尾崎が右のサポーターをゆっくりと剥がす。テーピングのあいだから見える右膝は、日焼けしたように赤く腫れていた。左より症状が悪いのかもしれない。
「爆発を回避するには、ファイトスタイルを変える以外に手はなかった。けれども」
「それは、怖い」
 いちだん低い声で多摩川が言った。無言で頷(うなず)く尾崎のまなじりからは、先ほどまでの険が消えている。
「ようやく掴んだ成功も名声も失うかもしれない。奈落の底に堕(お)ちてしまうかもしれない。その恐怖こそが、いちばんの問題なんですよ。足がすくんで、狭い崖さえ飛び越えられなくなる」
「……そんな臆病者の背中を無理やり押すのが〈葬儀屋〉ってわけか。ひでえ仕事だ」
 尾崎の嫌味に、多摩川が「これでも大変なんですよ」と嘯(うそぶ)いた。
「きちんと葬るのはコツが要るんです。半端に埋めれば腐臭が漏れる。弱い炎じゃ生焼けになる。光が届かない深さまで穴を掘り、炭になるまで燃やし尽くさないと、今日みたいな新しい必殺技は生まれない」
「……最後のあれ、効いたかい」
「強烈でしたよ。なまくらの選手なら窒息するか頚椎(けいつい)をオシャカにされるでしょうね。フィニッシュホールドとして立派に通用します。なによりフォームが美しい」

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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