よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

「じ、自分もそう思いましたッ」
 つんのめるように口を開く。驚きとも呆れともつかない表情で、ふたりが訝(いぶか)しげにこちらを見つめている。それでも興奮を抑えきれず、俺は言葉を続けた。
「あの逆エビ、本当にキレイでした。上手(うま)く言えないんですけど……馬みたいな。そ、そう、サラブレッドが走ってるみたいだったんですよ」
 たどたどしい説明にぽかんとしていた多摩川が、突然手を叩いて笑いだす。
「お前さん、表現が面白いねえ。そうだ、いっそのこと〈サラブレッド・ロック〉と命名してはどうですかね。尾崎レッドのサラブレッド・ロック……なかなか語呂が良いんじゃないですか」
「賛成ですッ。最高のネーミングだと思い……」
「おい」
 尾崎が分厚い手で俺の顔を掴む。
 まずい、怒らせた。喋りすぎた。疲労困憊(ひろうこんぱい)でも俺を叩きのめすくらいの余力はあるはずだ。
「……お前、名前は」
「かっ、梶本(かじもと)。梶本誠(まこと)です」
「梶本……もらうぞ」
「え」
「サラブレッド・ロックって名前、もらってやると言ったんだよ」
 あっさり手が離れる。いきなり解放され、俺は後ずさって壁にぶつかった。その様子をどこか楽しげに見ていた尾崎が、再び多摩川へ視線を戻す。
「しかし、五年も苦しめられた技に救われるとはね。あのときは俺はなんて不幸なんだろう≠ニ、自分を呪っていたのに」
「不幸ってのはナイフみたいなもんですよ。刃(やいば)を握ると手を切っちまうが、把手(とって)を摑めば意外と役に立つもんです」
 多摩川の言葉に、尾崎が歯を見せて笑った。初めて見る表情──どこにでも居そうな青年の顔だった。
「葬儀屋にしちゃあ、ずいぶんと洒落(しゃれ)た科白ですね」
「あっしの言葉じゃありません。『白鯨』って小説を書いた、メルヴィルって作家の名言ですよ。あっしはあの本が大好きでね」
「鯨の話を読む鮭か。あんた、やっぱり変わってますよ」
 尾崎がベンチから立ちあがり、軽く屈伸をして出口に向かった。ドアノブに手をかけ、歩みを止める。
「多摩川さん、そのうち……もっぺん闘ってくれませんか」
「お断りします。生きた人間を棺桶に入れる趣味はないですから」
「……良い試合になると思いますよ」
 それだけ言って、尾崎が控え室をあとにする。
 今日のドアは、静かに閉じられた。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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