よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki

 ふたりきりになった瞬間、高揚感が波のように押し寄せてくる。
「多摩川さん! 多摩川さん!」
「……なんだい」
「あなたって、本当に凄い選手だったんですね」
「別に。あっしはいつもどおり試合をして、いつもどおり負けただけですよ」
「だって、ダンスを習ったのは尾崎さんがヘッドロックを仕掛けると知っていたからですよね。最後に逆エビを選ぶと予想して、ヨガ教室に通ったんですよね」
 どれだけまくしたてても興奮がおさまらない。多摩川はなにも答えず、じっと前を睨んでいる。
「勝ち負けだけじゃないんですね。強い弱いだけじゃないんですね。自分、しっかりと教わりました。多摩川さんが言う本当の闘いを」
 瞬間、視界に火花が散った。
 床に転がり、壁に激突する。ようやく「張り手を食らったのだ」と気がつく。呻(うめ)きながら目を開けると、多摩川がこちらを見下ろしていた。まなざしが燃えている。最初に尾崎へ見せた、あの表情──修羅の顔をしていた。
「調子に乗るなクソガキ。見せてやるとは言ったが、教えてやったつもりはねえよ」
 目に宿っていた紅蓮(ぐれん)の炎はすぐに消えた。残り火を消すように多摩川が吐き捨てる。
「お前さん、まだわかってねえよ。本当の強さってやつも、闘いの向こうにあるものも」
 遠くを見つめながら多摩川がブルゾンを羽織り、ボストンバッグの把手を掴む。帰り支度を手伝おうと起きあがる俺を無視して〈怪魚〉は足早に出ていった。
 ドアを閉める直前、低い声でひとことだけ言い残して。
「知りたいなら、もうすこしだけつきあってやる」 
 静寂──一気に全身の力が脱け、がらんとした控え室の床にへたりこむ。
 張られた頬が痛い。壁にぶつけた頭が疼(うず)く。
 けれども、それ以上に胸の鼓動が熱かった。
 知りたい。
 葬儀屋の正体を。
 多摩川の発言の意味を。
 強さとは、なんなのかを。
 闘いの向こうに、なにがあるのかを。
 その日がいつになるのか──考えても考えても、まるでわからなかった。
 それが、嬉しかった。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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