よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第一話 葬儀屋(アンダーテイカー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki


「……失礼します」
 開いたドアの隙間から、廊下の灯りが真っ暗な部屋へ鋭角に射しこむ。
 入り口に男がひとり立っていた。顔も身体も闇に溶け、輪郭がおぼつかない。ほのかに照らされた部屋の奥では、もうひとりの男が机に両足を乗せていた。
「ノックくらいしろや、仮にも社長室だぞ」
 机の男──カイザー牙井が入り口の影に告げる。返事はない。
「で、尾崎はどうだった」
「あんのじょう多摩川に感謝してたみたいッスよ。梶本のヤツ、帰ってくるなり嬉しそうにベラベラ喋ってました」
「それで良い。天馬は今日で……終わった」
「でも、手に入れちまいましたよ。膝を壊さない必殺技」
「あの逆エビはシャケだから受けきれたんだ。そんじょそこらのレスラーに使えば、間違いなく大なり小なり怪我(けが)をさせちまう。それでも尾崎は使う。リングで生きるために、声援を受け続けるためにフィニッシュとして多用する。あとはもう一直線だ。加減のできねえカタい選手だと敬遠され、やがてはトップ戦線から外れていく」
「自覚のないまま自滅する……ってわけか。エグいっスね」
「自分が死んだと気づく死人は居ねえだろ。それが〈葬儀屋〉の遣(や)り口よ」
「そんなことより社長、この後はどうするつもりッスか。早く俺に……」
 影の主張は、突然の轟音(ごうおん)で遮断された。牙井が両足で机を蹴り倒したのだ。樫(かし)の重厚な机を、ひと蹴りで。
「対等なクチをきくんじゃねえよ、この野郎」
 牙井の恫喝(どうかつ)も意に介さず、影が室内に踏みこむ。灯りに照らされた影──司藤武士の顔には歪(ゆが)んだ笑みが浮かんでいた。
「表向きは新弟子なんだぞ。誰かにバレたらどうする」
「別にどうでも良いッスよ。俺は一日でも、一秒でも早くサーモン多摩川を殺したいだけなんで」
「馬鹿、そんなこと許されるわけねえだろうが」
 牙井が負けじとばかりに、にやり、と粘っこく唇を曲げる。
「あいつを殺(や)るのは、俺の悲願なんだからよ」
 暗闇のなか、ふたつの影はしばらく嗤(わら)い続けていた。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

Back number