よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第二話 咬ませ犬(アンダードッグ)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki


「グンバツに可愛(かわい)いねえ! まるで女神じゃないの!」
 前時代的な業界用語を連呼しながら、胡散臭(うさんくさ)い口髭(くちひげ)を生やしたカメラマンが一眼レフのシャッターを次々に切っていく。砲身じみたレンズが向けられた先では、ピンクタイツの怪人──多摩川(たまがわ)が悩ましげにウインクやポージングを決めていた。
 なぜ自分は、こんなおぞましいものを見ているのか。
 混乱する頭を必死に働かせ、この状況を理解しようと努める。
 アトラス浅岸(あさぎし)との対戦が決まった翌日──つまり、今日。
 俺は約束どおり多摩川と一緒に「とある場所」へと向かった。例によって行き先は明かされなかったものの、その顔にはうっすらと興奮の色が見える。
 それを目にして、うかつにも俺は期待してしまった。これほど気合が入っているということは、今度こそ他競技への出稽古か高負荷のトレーニングに違いない──そう考えてしまったのだ。
 到着したのはビルの一室にある、だだっ広い空間だった。ホリゾントと呼ばれる真っ白い背景に、それを煌々(こうこう)と照らす無数の照明。そして、三脚に据えられた巨大な一眼レフカメラ。どこをどう見ても、撮影用のスタジオである。
 まさか、撮るのか。自分自身を。
 どうか間違いであってくれ──そんな俺の願いを、多摩川はたやすく吹き飛ばした。彼はスタジオに入るやそそくさとピンクタイツに着替え、まもなくやってきたカメラマンのリクエストに応えはじめたのだ。そしていま、俺は頭痛に襲われながら、想像した以上の悪夢を見守っているというわけだ。
 たしかに前回のダンスとヨガも意味不明だったが、それでも身体(からだ)を動かしているぶん、「これも特訓の一環なんだ」とおのれへ言い聞かせることができた。しかし、今回はさすがに無理がある。どれだけ肯定的に考えても、ふざけ半分のモデルごっこが浅岸戦に役立つとは思えない。
 そんな俺の憂鬱をよそに、〈怪魚〉はすこぶる上機嫌だった。
「どうです梶本(かじもと)くん、もうちょっとポーズに躍動感があったほうが良いですかね」
「……どうでも良いんじゃないですか」
「なにを言ってるんです。こちらのカメラマンさんはねえ、被写体を活(い)き活きと撮影するグラビアハンターとして有名なんですよ! 一生に一度のチャンスなのに、こちらが消極的でどうするんですか!」
「ダメよぉ怒っちゃ。ほら、もっとセクシーな感じで!」
 カメラマンの要望に応え、多摩川が生ビールのポスターよろしく、胸を寄せながら言葉を続けた。
「それだけじゃないんです。なんとこのスタジオでは、撮影した写真を加工したステッカーやキーホルダー、果ては等身大パネルまで製作してくれるんですよ。どうですか、梶本くん!」
 俺はすでに返答を放棄していた。
 こんな男に浅岸は葬られるのか。
 レスラーとして価値がないと判断され、居場所を奪われるのか。
 考えただけで気が滅入る。昨夜、胸の底へ沈めたはずの感情が、あぶくとなって水面に浮かんでくる。
「良いねえ、じゃあちょっとだけタイツをずり下げてみようか!」
「先生……あっし、ちょっと撮られるのが快感になってきちゃいました!」
 恥じらいつつも、多摩川がコスチュームを下ろして尻を露出させる。
 俺のなかで黒い泡が、ばちん、と割れた。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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