よみもの・連載

葬儀屋(アンダーテイカー)

第三話 諜報(アンダーカバー)〈後〉

黒木あるじAruji Kuroki


 派手なギターのイントロが会場に響くなり、野太い怒号が地を割るように轟(とどろ)いた。
「根津(ねづ)の大将ぉ! オトコ見せたってくださいやぁ!」
「ワシらは何処(どこ)までもついていきますぜ!」
 おそろいの法被(はっぴ)を着た、見るからにガラの悪い一団が客席の半分ほどを占拠している。なかには、団体名の和訳らしき〈血闘獣〉と書かれた旗を振りまわす輩(やから)の姿もあった。どうやら《BBB》の熱狂的な応援団らしい。ネオの常連客らは普段とあきらかに異なる雰囲気を感じ、一様に怯(おび)えている。
 入場曲がボリュームをあげたと同時に、花道から根津が姿をあらわした。
 トレードマークの金髪は先日よりもさらに鋭く尖(とが)っており、革ジャンに飾りつけられた鋲(びょう)も増えている。まさしく〈針鼠(はりねずみ)〉だ。
 おまけに首から数珠(じゅず)つなぎにした裸電球をぶら下げ、手には五寸釘が無数に打ちこまれた木製のバットを握っていた。禍々(まがまが)しい異装に、ぞくりと寒気をおぼえてしまう。
 否──震えている場合ではない。
 根津が手にしているのは、多摩川へ牙を剥(む)く凶器なのだ。
 根津達彦(たつひこ)対サーモン多摩川(たまがわ)の〈スペシャル・デスマッチ〉が、まもなく始まろうとしていた。凶器類は持ちこみ自由、もちろんお咎(とが)めはいっさいなし。流血必至の一戦は、ネオ・ジパング史上例のない試合になるだろう。
 試合形式もさることながら、試合順もまた異例中の異例だった。〈スペシャル・デスマッチ〉はメインイベント後、つまり今日の興行がすべて終わったあとに組まれていた。ネオの所属選手全員が「血に汚れたマットの上で試合などしたくない」と、自身の試合前に組まれることに反対した結果、全試合終了後に〈第ゼロ試合〉として設定されたのである。
 すでに選手たちは会場をあとにしている。試合にカウントされない試合など見る価値もない──という意思表示なのだろう。客のなかにも席を立つ者がちらほらと居た。インディー、そしてデスマッチに対してのアレルギーは俺が思っていた以上に根深いらしい。
 あきらかに普段とは違う空気。なんとか呑(の)まれまいと気を張ってみるものの、ざわつく胸のうちはおさまらない。異様な雰囲気だけが原因ではない。多摩川の準備した〈凶器〉に、どうしても不安がぬぐえなかったのである。
「あの……本当に、これで良いんですか」
 すがるように訊(たず)ねた俺へ、コーナーポストの多摩川が「もちろん」と頷(うなず)いてから、
「あっしの大切な〈飛び道具〉です。そのへんに置いといてください」
 白い歯を見せ、力強く親指を立てた。
 思わず目眩(めまい)をおぼえる。これが──飛び道具なのか。
〈怪魚〉が選んだ凶器は、両手ですっぽり抱えられる大きさの缶、ひとつきりだった。本当になんの変哲もないバケツのような金属缶である。そこそこ持ち重りがするものの、蓋(ふた)がしっかり閉まっているために中身はわからない。入っているものがなんであろうが、電球やバットに立ち向かえる代物でないことだけは確かだった。
「そんなもんで釘バットと闘おうってのかよ!」
「コミックマッチじゃねえぞ、デスマッチだぞ!」
 いっせいに応援団が囃(はや)したてる。
 首がもげるほど頷きたい気分だった。

プロフィール

黒木あるじ(くろき・あるじ) 1976年青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年『おまもり』で第7回ビーケーワン怪談大賞・佳作を受賞。同年『ささやき』で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞、10年『怪談実話 震(ふるえ)』でデビュー。実話怪談の分野で活躍し、多大な支持を得る。17年「小説すばる」誌にプロレス小説「掃除屋」を発表、一般小説の分野へ活動の幅を広げる。同作は19年7月に『掃除屋 プロレス始末伝』として集英社文庫より刊行され話題に。他の著書に「怪談実話」シリーズ、「実録怪談」シリーズ、『黒木魔奇録』など。

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