S文庫広場
「イギリス・オウム紀行」
「イギリス・オウム紀行」 森達也

 上映とQ&A終了後、シェフィールド大の日本研究者たちとパブへ行く。時間は9時を回っていた。イギリスのパブは閉店が早い。数軒を回ってやっとラストオーダー直前の店に入る。8人ほどのメンバーは専門分野も国籍も様々だ。
「なぜ高学歴の若者ばかりがオウムに入ったのでしょうか?」
 オウムの被害者や遺族の現状を研究しているクリスから質問されて、「若者しかいないわけでもないし、高学歴の信者ばかりでもないですよ」と僕は答える。実際に施設内に入れば、信者たちの学歴は様々だし、年齢層も幅広い。
「でも麻原の側近は高学歴が多かったですよね」
「それはどこも同じでしょう」
 今思えば、僕の答えかたは少しだけ冷淡すぎたかもしれない。でも事実だ。別にオウムに限らない。他の組織でも一般企業でも、中枢には上昇志向を持つ高学歴が多くなる。ところがそうした認識が抜け落ちる。これもまた、普遍性が抜け落ちて特異性ばかりが強調される一例だ。
 翌日はシェフィールド発8時半の列車でロンドン・ピカデリー駅に向かう。ホームでNHKの撮影クルーと合流。すぐにロケ車に乗り込んで、多くのムスリムが居住するルートン地区へと移動する。おおぜいの若者がISに参加したというこの地区で、子供たちに正しいイスラム教を教える運動をやっているダウッド・マスードに街を案内してもらい、その後に一緒にモスクへ行く。ちなみにダウッドは、一昨日のオックスフォードの上映会に来てくれている。その後にダウッドにインタビュー。『A』を観て、ISのメンバーたちをモンスターのように考えていた自分に気がつくことができたと言われる。これは嬉しい感想。
 夕食はロンドン・ピカデリー駅近くのイタリア・レストラン。ビールとパスタ。深夜にようやくチェックインしたホテルはエレベータがない。バスタブもない。部屋は狭い。まあ今夜は寝るだけだから仕方がない。
 翌朝早く、撮影クルーと共にピカデリー駅からマンチェスター行きの列車に乗る。駅売りの新聞Independentで、チュニジアでテロがあったことを知る。日本人観光客も被害にあったようだ。後藤さん殺害の後に安倍首相は「日本人には指一本触れさせない」と任侠映画の台詞のようなことを口走っていたけれど、今回の犠牲については何とコメントしているのだろう。
 マンチェスター大学から徒歩圏のホテルにチェックイン。荷物を置いてすぐに撮影クルーと一緒に大学に向かい、エリカ・バッフェリ教授の授業に参加する。ゼミ形式で学生数は20名ほど。オウム真理教とその事件について、エリカがスライドなどを使いながら説明した後に、学生たちのディスカッションが始まった。
 その意識の高さにまずは驚いた。事件についても詳しい。このゼミでエリカ教授は、現在の日本社会を考察するうえでオウム事件は重要なファクターであるとして、何度も教えているという。
 事件が日本社会に与えた影響力について語りながらエリカは、「こうした存在に対して社会はどのように対応すべきか」と学生たちに質問する。手を挙げた一人の男子学生が「徹底した規制や罰則などの取り締まりで対処すべき」と答えれば、その向かい側に座る女子大生が「それでは根本的な解決にならないと思う」と反対意見を述べる。「世界から暴力が根絶されることは絶対にありえない。むしろ徹底した取り締まりは、彼らを孤立させ、さらなる暴力を招く可能性が強まる。まずは彼らを排除ではなく理解すること。そこから共存の道を探ることだと思います」



      7   次へ
 
〈プロフィール〉
森達也 もり・たつや
1956年広島県呉市生まれ。立教大学卒業。86年テレビ番組制作会社に入社、ドキュメンタリーを中心に数々の作品を手がける。98年オウム真理教の荒木浩を主人公とする映画『A』を、2001年には続編『A2』を発表。現在は紙媒体での執筆活動が中心。11年『A3』で第33回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『放送禁止歌』『ドキュメンタリーは嘘をつく』『ぼくの歌、みんなの歌』『死刑』『オカルト』『すべての戦争は自衛意識から始まる』他多数。
A3 上
A3 上/森 達也

A3 上
A3 下/森 達也

Back number
イギリス・オウム紀行