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連載
少年少女ものがたり
珠玉の短編コーナー 「少年少女ものがたり」 中村 航 Kou Nakamura
第1話 さよなら、ミネオ(前編)
「急ごうよ!」
 ミネオは切羽つまった様子で言った。
「この部屋はあと三分で爆発しちゃうんだよ。早く、今すぐ、ここから逃げなきゃ」
「なんで?」
 と、僕は返した。
「そんなことが突然起こるなんて、ちょっと信じられないんだけど」
「いや、とにかくこの部屋はもうすぐ爆発するんだよ。ここにいたら、ボクたち二人とも木っ端微塵だよ。粉々でバラバラでずどーんだよ!」
「んー、……けどまあ、それならそれで構わないし」
「え、どういうこと?」
「仮に、本当に爆発するんだとしても、逃げる必要性を感じないってこと」
「ダメだよ! 何言ってんだよ!」
「うーん、そんなにダメかなあ」
「ダメだよ! ボクは木っ端微塵になるのはゴメンだし、君にも粉々になってほしくない。絶対にダメだよ!」
「んー、……じゃあ、それはわかった。でもさ、なぜこんなにも突然爆発することになってしまったのか、そこだけは教えてよ」
「え? 今それを確認することに意味はある? こんな差し迫った状況の中で」
「いやいや、あるでしょ。爆発するってことは、ガスとか火薬とか、それとも誰かが爆弾を仕掛けたとか、そういうことだし」
「そういうことかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、そんなの何だっていいよ!」
「……わかった。嘘なんでしょ?」
「嘘じゃないよ! あと二分!」
「やっぱり信じられないな。僕は信じない」
「信じるも信じないも、もし本当だったらどうするの?」
「だから、そんなわけないって」
「あと一分五十秒!」
 ミネオは叫ぶように言った。
「そして、そうこうしているうちに、一分四十五秒!」
「……ミネオって、ときどきそういう突拍子もないこと言うよな」
「突拍子があろうがなかろうが何? 今ここに人工衛星が墜ちる可能性だってあるわけでしょ?」
「ないよ。そんなの」
「ゼッタイにないって、どうして言えるの?」
「可能性は限りなくゼロでしょ。限りなくゼロに近いものは、ゼロとして考えるしかない。ちなみにその場合、この部屋を出ても、頭の上に人工衛星が墜ちる可能性はゼロにはならないし」
「そうだけどっ!」
 ミネオは少し言いよどんだ。
「あと一分」
 ミネオはくるん、と目を回し、ふう、と息をついた。
「けど、いい? この場合の可能性は、人工衛星が墜ちる可能性とは違うよ。ボクは爆発するって言ってるし、君はしないと言ってる。だから可能性はゼロじゃなくて、五分(ごぶ)だよ」
「いやいや、それは五分とは言わないだろ」
「五分だよ」
「んー、百歩譲ってそうだとしても……、ミネオはどうするの? 爆発するのに、まだこの部屋に居ていいの?」
「ボクは今、君よりもドアのそばにいて、部屋を飛び出す準備はもうできている。君みたいに制服も脱いでいない。しかるべきときが来たら、このままさっと一階へ降りて外に逃げるよ」
「しかるべきときって?」
「今だよ!」
 ミネオは立ち上がり、半身(はんみ)の体勢になった。そのまま足踏みをするようにして僕を急かす。
「……わかったよ」
 ふー、とため息をつき、僕は立ち上がった。脱ぎかけていた制服のボタンをとめ直し、帽子をかぶる。


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〈プロフィール〉
中村 航
1969年岐阜県生まれ。芝浦工業大学卒業。2002年「リレキショ」で文藝賞を受賞しデビュー。04年『ぐるぐるまわるすべり台』で第26回野間文芸新人賞を受賞。05年に上梓した『100回泣くこと』がベストセラーに。著書に『絶対、最強の恋のうた』『あなたがここにいて欲しい』『僕の好きな人が、よく眠れますように』『あのとき始まったことのすべて』『奇跡』(原案・是枝裕和)など。ナカムラコウ名義で『初恋ネコ』シリーズなど児童書も執筆。

Back number
第3話 マニアの受難
第2話 haircut17
第1話 さよなら、ミネオ(後編)
第1話 さよなら、ミネオ(前編)
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