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連載
少年少女ものがたり
珠玉の短編コーナー 「少年少女ものがたり」 中村 航 Kou Nakamura
第1話 さよなら、ミネオ(後編)
      ◇
 中間テストの成績が悪くて、僕は焦っていた。
 今まで勉強をしなかった連中が、ちょっと本気になったただけで、こんなにも自分の偏差値が落ちるとは想定外だった。社会と国語は偏差値50を切ってしまっている。
 進路のことを考えると、胃がきりきりと痛んだ。僕の志望校は、近所の公立では一番偏差値の高い東高だった。もっと偏差値の高い私立の進学校に行こうという考えは無かったけれど、東高には絶対に行きたかった。
 偏差値の高い高校に入って、それが何なんだ、とは思う。だけど堀内や黒沢や、他のくだらないやつに勝つには、東高は最低条件だった。
「ひとまず、……ゲームはしばらく封印しようか」
 ミネオも心配してくれた。
 もともと東高に受かるには、ぎりぎりの成績だった。夏以降の遅れを取り戻すには、これから必死に勉強するしかなかった。
「ボクも付き合うからさ、一緒に勉強しようよ」
「……ああ」
 空はすっかり十一月の色をしていた。僕らはともかく勉強を始めた。

「次は英語をやろうよ」
「ああ……でも疲れたな」
 だけど、気は焦るばかりで、それほど勉強が進むわけではなかった。
 ミネオと相談した結果、土曜と日曜は、図書館に行って勉強することにした。だけど市内の図書館だと、多分、何人かは知っているやつに会ってしまう。
「じゃあ、ミズホの図書館に行こうか?」
 ミネオのアドバイスを採用し、僕らは毎週土日に、隣の市の図書館へ行くことに決めた。行くのにちょっと時間はかかるけれど、そこに行けば丸一日、集中して問題集に取り組むことができる。
 季節はすっかり冬になっていた。僕らは土曜になると、赤いマフラーを巻いて隣の市の図書館へ自転車を走らせた。
 ミズホの図書館は自転車で三十分くらいのところにあった。天気の良い土曜日、十一月の乾いた風に押されて、僕らはバイパス沿いの道を進む。ミネオは僕の肩に手を載せ、自転車の後ろに立ち乗りしている。
 途中、コンビニでおにぎりとお茶を買った。
 学習室、と書かれた会議室のようなところで、僕らは開館する九時から閉館の七時までひたすら勉強した。途中、二十分だけ、休憩して駐輪場でおにぎりを食べた。
      ◇
 期末試験の成績は、そこそこよかった。だけど計算してみた内申点は、東高の水準に届かなかった。
 あとは本番のテストで良い点を取るしかないのだけれど、模擬試験の結果も悪かった。
 模試だというのに、僕は極度に緊張してしまった。これが本番の入試だったら、一体どれほど緊張するのか見当もつかない。僕はたまらなく不安になっていた。東高の合格率はCランクに判定されている。
 落ちたらどうしよう……。落ちたら、僕はどうなってしまうんだろう……。
 こんな孤独な中学生活を送って、高校にも落ちてしまったら、それはもう生き死にに近い問題のような気がする。
 試験に落ちる夢を見るようになって、食事も喉を通らなくなった。食欲がないわけではないのだが、少し食べると胃が痛くなってしまう。眠っても、すぐにうなされて起きてしまう。
 亡霊のような顔をしながら、僕は勉強を続けた。ミネオがいつも、僕を励まし続けてくれたけれど、頭には何も入ってこなかった。ずっと頭の奥が痛くて、立ち上がるとふらふらした。
 学校では朦朧としていたかもしれない。自分が今日、学校でどんなふうに過ごしていたのか、夜になると思いだせなかった。僕がどんなだったとしても、受験前のクラスメイトや教師が、こっちに注意を払うなんてことはなかったけど。
 気付けば二学期も終わっていた。
 冬休みは毎日、図書館に通い、家に戻ってまた勉強した。白い息。冷たい手。図書館に向かう自転車を漕いでいるときだけ、自分が生きている気がした。


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〈プロフィール〉
中村 航
1969年岐阜県生まれ。芝浦工業大学卒業。2002年「リレキショ」で文藝賞を受賞しデビュー。04年『ぐるぐるまわるすべり台』で第26回野間文芸新人賞を受賞。05年に上梓した『100回泣くこと』がベストセラーに。著書に『絶対、最強の恋のうた』『あなたがここにいて欲しい』『僕の好きな人が、よく眠れますように』『あのとき始まったことのすべて』『奇跡』(原案・是枝裕和)など。ナカムラコウ名義で『初恋ネコ』シリーズなど児童書も執筆。

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第3話 マニアの受難
第2話 haircut17
第1話 さよなら、ミネオ(後編)
第1話 さよなら、ミネオ(前編)
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